そばに眠る、届かない花

8. 声が届きますように 1

※千鶴視点


「千鶴ちゃん、どうしたの?ため息ばっかり。」
「あ、ごめん。お千ちゃん。」
「せっかく、スイーツビュッフェに来たのに千鶴ちゃんてば、ずっと上の空なんだもん。」
言葉の割には楽しげなお千ちゃんの様子に、ごめんともう一度謝る。気を取り直して楽しもうと、テーブルに並べたケーキを頬張ってにこりと笑いあう。

薫が、今日は夕飯は要らない、お前もどこかで食べて来いと言い出したのは今日の朝。
理由を聞いても答えないし、家に帰って食べるという私にそれは駄目だといって聞かない。全く引く気のない薫との言い争いに疲れて、しぶしぶ頷いて。一人でご飯食べてもつまらないしとむくれたまま学校に行くと、薫に根回しを受けていたらしいお千ちゃんに誘われた。本当に何なんだろう?
納得のいかないまま、お千ちゃんに手を引かれてやってきたのは、スイーツビュッフェ。綺麗なデザートと軽食、色々な飲み物が並ぶ店内は、大人可愛い感じの内装。いつか来てみたいねってお千ちゃんといっていたビュッフェだ。お夕飯を作る必要も食べる必要もない今日なら、気にせず楽しむことが出来そうだ。お千ちゃんは大丈夫なのかと聞くと、昨日薫に打診された時に絶対ここに来ようと決めて家には伝えてあるんだって。つまりここで私が帰るって言ったらお千ちゃんは家に帰ってもご飯がないってことになる。
もう、ずるいってむくれながらも、たくさんの女の子で賑わう店内を見ていれば、わくわくとしてきちゃうのは確か。YESの答えしか待っていない満面の笑みに苦笑して、しょうがないなあと頷いて行列に並んだ。
すこし並んで、通されたテーブルに二人でケーキを並べて。いただきますと食べてみれば、どれも美味しくて私の不機嫌はどこかに行ってしまう。
我ながらゲンキンだなとは思うけれど、やっぱりスイーツを目の前にしたら幸せだもの。

そうやって最初のうちは、あれが美味しかった、こんどはあれを食べようと賑やかに食べていたけれど、おなかがいっぱいになってきて落ち着いてくる。
「やっぱり評判どおりだったねー。あれもこれもおいしいね。」
「本当だね。料理も美味しいし。今度はお兄ちゃんと……あ。」
「えー、今度も私と来るの!!千鶴ちゃん、何時も『お兄ちゃん、お兄ちゃん』ばっかり。それに原田さんって甘いもの駄目なんじゃなかったっけ。」
思わずお兄ちゃんといってしまった私に、お千ちゃんがむくれてみせる。中学の頃からの親友のお千ちゃん。そんなにお兄ちゃんばかりを優先しているわけじゃないと思うのだけど、お千ちゃんはいつもこうしてからかってくる。引っ込み思案の私と当たりのキツい薫が、クラスメイトと仲良くできるのはお千ちゃんや平助君のおかげだと思う。特にお千ちゃんには色々相談していつも助けてもらってばかりいる気がする。
いつもの癖でうっかりお兄ちゃんの名前を出したけど、最近のお兄ちゃんの様子を考えるととても私の我儘を聞いてくれる時間なんてないはずだ。だってもうずっと顔すら見ていない。私が眠った後に帰ってきて私が起きるころにはもういない。土日も仕事。もう一月以上そんな調子が続いている。
「……うん。でもそうじゃなくても来れないな。……最近お兄ちゃん、全然帰ってこないの。」
お兄ちゃんが身体を壊さないといいなと心配しつつも、まったくお兄ちゃんに会えない状況がつらくもなってきている。うっかりするとお兄ちゃんのことばかり考えてしまいそうで、家以外ではお兄ちゃんのことを考えないようにしていた。だけどこうしてお千ちゃんと二人きり、甘いもので満たされた身体が心も緩めてしまったみたい。思わずお兄ちゃんのことを話してしまった。
「え?そうなの。ああ、でもそれで千鶴ちゃん最近落ち込んでるのね。ちょっと気になってた。」
「心配掛けちゃった?」
「心配はしてるけど、気にしないで!親友の悩みを察するのも親友の務めだもの。」
「ありがとう、お千ちゃん。」
私の言葉に、妙に納得した顔をするお千ちゃんにちょっと複雑になりながらもそんなに心配かけてしまったかと思って申し訳なく思ったけど、お千ちゃんはにっこり笑うと首を振る。その言葉がうれしくて、なんだかちょっと泣きそうな気分。私こんなに落ち込んでたんだ。
「それで、どうして原田さん帰ってこないの?長期出張?」
不思議そうにするお千ちゃんに簡単に今のお兄ちゃんの状況を説明する。するとお千ちゃんは難しい表情になる。お千ちゃんは財閥令嬢、それも一人娘だからお千ちゃんが後を継ぐべく中学のころから学校の勉強のほかに経営とか難しい勉強も少しずつ勉強しているらしい。だから私たち高校生よりは社会人というものを知っているんだと思う。そうやって、私たちより社会を知ってるお千ちゃんには、今のお兄ちゃんの状態が変だと映ったみたい。
「う〜ん。それっておかしいよ。」
「うん、だからお兄ちゃんの身体が心配でね……。」
「それもあるけど、そうじゃなくて。」
「えっ?」
お千ちゃん曰く、会社にも守るべきルールというものがあって社員をそんな長い時間拘束して仕事させることはできないんだって。だから今の状況は仕事以外の理由があって作り出されているんじゃないかというのがお千ちゃんの意見だった。
「ほかの理由って……?」
「う〜ん。会社以外にも毎日行くところがある、って考える所よね。何か資格試験の集中講義を受けているとか?」
「遊び、のほうだとは思いたくないけどね。あの原田さんだし。」
「?遊びって……。」
「ああ、気にしないで。それにこれだけ千鶴ちゃんが落ち込んでるなら、そろそろ薫が動き出すでしょ。」
「え?」
「ああ、千鶴ちゃんは気にしなくていいの。ひとり言よ。」
お千ちゃんがぼそりと呟いた言葉がひっかかるけど、お千ちゃんはそれ以上は答えてくれなかった。遊びって……どういうことだろう?
すこしだけ嫌な考えが浮かんだけど、きっと違うと信じていたくてそれ以上は考えないようにした。
「ほら、まだ食べられるわよね、千鶴ちゃん。」
「うん!もうちょっとケーキ食べようか。」
もうこの話題は終わり。今はいろんなことを忘れてお千ちゃんとの放課後を楽しむんだと言い聞かせて暗い気分を振り払った。



end.


お題「恋人になるまでの10ステップ」より
08:声が届きますように

この二人といったら何か甘いものを食べて笑ってるのが似合うと思うのです。

スイーツビュッフェ、いいですよね。
いちおう、前に東京でいったところをモデルにしてみました。
またいきたいなぁ。

2013/07/14


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