そばに眠る、届かない花

7. 踏み出す勇気を君がくれる 1

※左之視点


一日のほとんどを会社で過ごすようになって。
千鶴の事を忘れる為に、仕事に没頭した。気がふれたように仕事をする俺に新八や同僚がなにか言いたげにしていたが、無視を決め込んだ。土方さんも度々問いただす様な視線を向けていた。だが、仕事上は何の問題も起こさない俺に、何を言っても無駄だと思ったのだろう。仕事以外で言葉を交わすことはなかった。
自分の仕事だけでなく、他の仕事も引き受けて。帰らない理由を作っては深夜まで会社に残る。仕事に没頭していれば余計なことを考えずにいられた。疲れきって家に辿り着けば、何も考えずに寝ることが出来た。そしてまた早朝千鶴が目を覚ますより早く家を抜け出す。その繰り返しだった。遠慮がちな千鶴からの身体を気遣うメールが届くたびに胸の奥が痛んだが「大丈夫だ。」と繰り返し返事を返した。こんなふうに毎日を過ごしていたらいつか千鶴のことを考えずにすむ日が来るのだろうか?千鶴にどんな変化があっても動揺せず笑っていられる日は来るのだろうか。
そんなふうに我武者羅に仕事をしていたある日、不意に私用の携帯にメールが届いた。まだ、業務時間内だ。仕事に使う携帯は会社から貸与されているから、この携帯のアドレスに会社のものが連絡してくることはないだろう。社内にいるのだからその必要も無いはずだ。千鶴からのメールは、業務時間外にしかこないから、千鶴ではないだろう。最近じゃあろくな返事を返していない。その所為だろう。千鶴からのメールは徐々に間遠になりはじめていた。いったい誰だと不思議に思って携帯を開くと、そこには薫の名前が表示されている。

『話したい事があるから定時に上がって帰って来て。毎日残業する程仕事が詰まっていないのは確認済みだから逃げないでね。』

『仕事が忙しい』という、こっちの逃げ道は前もって封鎖されているらしい。千鶴を紹介した時に薫も一緒にいたから、土方さんあたりとメール交換でもしてあるのだろう。よく見るとメールには続きがあった。

『追伸 千鶴は千と遊びに行って遅くなるから心配はいらないよ。』

ドキリ、と心臓が跳ねる。薫は一体どこまで知っている?俺が本当は仕事が忙しいわけではなく、ただ仕事に逃げているだけで、それも原因は千鶴だということ。全て知っている、だから逃げるなと暗に示されているように見える。もともと少し捻くれた所のある薫だが、千鶴を本当に大事にしている。素直に表さないが、自分より何よりも千鶴が優先。そんな薫が千鶴の名前を出してまで俺を呼び出す理由は……やはり千鶴の事、か。
……全てを知ってる、としたら。薫は俺に何を言いたいのだろう。
定時ぎりぎりまでグダグダと悩んでいたが、土方さんの無言の圧力に押し負けて、結局定時には会社から追い出された。何処かで飲んで時間をつぶすかと思ったが、どれだけ手回しがいいのか、新八も他の同僚も俺の誘いに乗る気配はない。……この件に関しては土方さんは薫の味方らしい。
……どんな手を使いやがったんだ?薫のやつ。この調子で一人で飲んで帰ったらどんな事になるか分からない。重い足を引きずる様にして、随分久しぶりになる夕方のラッシュに乗って家へと向かった。



end.


お題「恋人になるまでの10ステップ」より
07:踏み出す勇気を君がくれる

すみません。今回はすげー短いです。
展開上、こうなってしまいました。たぶん一番短い...orz

本当に薫ってばどんな手を使ったんでしょうか……。
あと、土方さんはほかの人にどんな手を回したんだろう。

2013/07/07


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