そばに眠る、届かない花

4. 意識しすぎて空回り

※千鶴視点


土曜日の朝、お兄ちゃんは起きてこなかった。昨日は随分遅くにタクシーの音がしていたから、飲んで帰ってきたのだろう。
毎日の朝食と土日の食事をお兄ちゃんと薫の三人でとっている。でも、飲んで帰ってくると二日酔いで起きてこないのは結構いつものことで、お兄ちゃんが遅く帰ってきた日は、朝のお味噌汁はいつも蜆のお味噌汁と決めている。蜆のお味噌汁と2人分しかない朝食を見て薫は呆れたようにしていたが、朝食をとるとすぐに部活のために外出していった。
「左之兄にさ、いいかげん歳を考えろって言っといて。」
お兄ちゃんを心配してるくせにそんな憎まれ口を残して。


そのあと、お兄ちゃんにおにぎりとお味噌汁を届けた。随分飲んだようで、お兄ちゃんの部屋はかなりお酒の匂いがしていた。いつも以上に気だるげなお兄ちゃんがお味噌汁を飲み始めたのを確認して、残りをベッドサイドに置いた。
もう少しお兄ちゃんの傍に居たいとも思ったけれど、身体を休めて欲しくて立ち上がる。部屋を出ていこうとした時、不意にお兄ちゃんが私を引き留めた。
「あ、千鶴、あの、な。・・・・やっぱいいや。」
なにか問いかけるようなそんな目をして、でもお兄ちゃんはその口を閉じた。
ここ数日、お兄ちゃんはずっと私を見る度にそんな目をしている。どうしてだろう。この胸に秘めた想いを見透かされているようなそんな感じがする。だけどいつもお兄ちゃんは、開いた口をいつも閉ざしてしまう。
−−−お兄ちゃんは何を聞きたいの?何に気付いているの?何を見ているの?
私もそんな疑問を口に出来ないまま、口を閉ざす。なにか透明な膜がお兄ちゃんとの間に張られてしまったみたい。触れたいのに触れられない。触れてしまったら全てが壊れてしまいそうだ。
「なあに?変なお兄ちゃん。」
そう茶化すように笑顔で答えて、お兄ちゃんの部屋を後にした。
何かが、少しずつ変わっていっている。それがきっと私の心の変化の為だということは分かっている。
『お兄ちゃんの隣にいて釣りあう大人の女性になりたい。』
そう思ったあの日から、少しずつ、子供っぽいと思う行動を直している。本当に少しずつ、だけどその変化がお兄ちゃんとの関係に予想外の変化をもたらしているような気がしている。それは私の望んだ結果をもたらしてくれるのだろうか。もしそれでお兄ちゃんとの関係を壊してしまうのだとしても・・・もう、戻れない。そう決めた、から。



お兄ちゃんは、言ったとおりお昼には起き出してきた。私がお昼を作っている間にシャワーを浴びたみたいで、朝の気だるそうな様子はすっかり消えたみたいだ。私の作っているお昼を覗きながら私の頭をぽふりと撫でて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して口をつけている。
「あー、やっぱり千鶴の味噌汁は二日酔いに効果抜群だな。もうすっかり楽になったぜ。」
「薫が、『歳を考えろ』って。」
「あいつ……、相変わらず生意気だな。薫は部活か?」
「うん。夕方までかな?」
そういってまだ乾いていない髪を拭うお兄ちゃんはすっかりいつものお兄ちゃんだ。
そのことが嬉しくて、用意した昼食を食べる間、夢中になっていろいろな話をしていく。お兄ちゃんはくだらないだろう話に耳を傾けてくれる。毎日一緒に朝ごはんを食べているといってもやっぱりバタバタとしてしまうので、こうしてゆっくりお話をしながらご飯を食べる週末は嬉しい。こういう所が子供っぽいなってわかっていても止まらなかった。

その後、週末の買出しに近所のスーパーに付き合ってもらって一緒に夕食を作った。
その夕食を薫と三人で賑やかに食べる。薫とお兄ちゃんの口げんかのようなやり取りを眺め、くすくすと笑う。それだけなのに、すごく楽しい。ここ数日の居心地の悪い視線も感じない。久しぶりに楽しい週末だった。
そしてこんな日がずっと続くと思っていた。当たり前のように……思っていた。

だけど。

週明けから、ぱたりとお兄ちゃんと逢えなくなった。
『忙しくなったから飯はいらない。すまねぇな。』
たったそれだけのメモを残して。

早朝出勤しては深夜に帰宅する。土日も家にはいない。最初は社会人は大変なんだと心配だけをしていた。

それが2週間を超えた時、ふっと昔を思い出す。
中学生くらいの頃、大学生になったお兄ちゃんが、全く家に帰ってこなくなったことがあった。きっと大学生は忙しいし、中学生の幼馴染の面倒なんて見たくなくなったんだとめそめそと泣いては薫に怒られた。でも、ある日突然帰ってきたお兄ちゃんが「千鶴のご飯が食べたい」っていってくれた。それから今までずっと傍で私たち兄妹を見守ってきてくれた。

きっとあの頃からずっとお兄ちゃんが好きだったのかもしれない。
ずっとちいさな頃から、私にとってはお兄ちゃんしかいなくて。お兄ちゃんだけを見てきた。

また、あの時みたいにずっとお兄ちゃんに逢えなくなるの?

……ううん。『忙しい』と書いてあったんだから。我慢しなくちゃ。

「ただの幼馴染なんだから我儘いっちゃ……駄目だよね。」
自分で言い聞かせるように呟いた言葉が心に突き刺さる。
そうか、お兄ちゃんにとっては忙しければ逢えなくても構わないような存在でしかないのかもしれない。
心が深く凍りつく。

お兄ちゃんを信じたい。だけど怖い。
怖いよ。お兄ちゃん。



end.


お題「恋人になるまでの10ステップ」より
05:意識しすぎて空回り

とりあえず、最後までの道筋は決まりました。
それをうまく文章に出来るかが問題なのですけどね。

難しいな。

一番難しいのが小さい女の子というのが分からないということ。
私が子供のころから身長の高い子で。
頭をくしゃりとか、やられるよりやる立場だったもんなぁ。

2011/08/12


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