そばに眠る、届かない花

3. 心の準備が出来ていません

※左之視点


「おい、左之助。」
不意に名を呼ばれてはっと我に返る。・・・そうだ。今はまだ仕事中だ。ここのところ考え込むことが多くなっていたかもしれない。
「・・ああ、わりい。土方さん。ちょっと考えがどっか行ってた。」
上司にあたる土方さんは学生の頃からの知り合いだ。遊び歩いていた俺たちの悪行の数々を知ってるくせに自分たちの会社に引きずり込んでくれた。土方さんと近藤さんが起こしたベンチャー企業。最初誘われたときは俺たちでいいのかと不安もあったが、近藤さんを紹介されて考えが変わった。土方さんが信頼するこの人を支えてみたい、この人の下で働いてみようと思って入社してはや数年。この不況下で右肩上がりの業績を残している。
「新八が心配してたぞ。左之助がぼんやりしてて気持ち悪いって。俺はそんなこというあいつの方が気持ち悪いけどな。」
そんなふうにいいながらも心配げな目線をこちらに送ってくる。こういうところは相変わらずで。
「新八に心配されるようじゃあ、俺ずいぶんひどいんだろうな。」
「・・・かなり、な。仕事に穴あけてないだけましだけどな、そのうちあけちまうんじゃねぇか?」
ぐさりと刺さる一言。プライベートを仕事に持ち込んでるようじゃあ、駄目だな。俺もまだまだだと、溜息をつく。
「たまにつき合え。そんなんじゃ残ったって仕事になんねえだろ?」
「は?俺はそうだろうけど、土方さんあんたは?」
「たまにはいいだろ。・・・ここは少数精鋭なんだよ。ひとりふぬけのままにしといたら、困るんだよ。」
「・・・わりい。」
言い訳じみている一言を付け加えるようにぼそっと呟く。素直に心配してるとは言わないところは相変わらずだ。だが、有り難い気遣いではあるから素直に受けることにした。俺の謝罪を了承ととった土方さんはどんどん話を進めていく。
「じゃあ、そういうことだから、山南さんあとは頼んだ。」
「はい、残りのメンバーの監督はお任せください。」
すでに定時を過ぎていたため、そのまま会社を出て、よく二人で飲む店へ向かう。新八や他のものがいるときは賑やかな店に行くがこの二人でいくときはたいてい静かに飲める隠れ家のような店に行く。ほとんど俺の相談事ばかりだが、たまに土方さんが考えを整理するときに付き合ったりもする。


「で、今度はなんだ?どうせ千鶴がらみなんだろう?」
「・・・決めつけんなって。まあ、その通りなんだけどさ。」
少し酒が入った所で狙い済ましたように、核心を付く一言。当たり前のように千鶴の名を出されて苦笑する。そんなに千鶴のことでばかり悩んでいるだろうか。なにかの折に紹介した千鶴が俺を長く迷わせる相手だとあっさりと気づいた土方さんならこんな推察は簡単なことなんだろう。ここで意地を張っても仕方ないことは、十分解っているのでおとなしく、此処の所の悩みを口にした。
「最近な、様子がおかしいんだ。薫に聞いても知らないの一点張り。平助やらお千やらに探りを入れてもお手上げでな。」
「お前だけがおかしいって思うのか?」
「あとは、薫だけだな。ほかの二人はいつもと変わらないっていうから。」
「・・・薫が口を割らないのはいつものことか。」
そう、千鶴が何も言わない以上薫も何も言わない。男女の双子では珍しいほど瓜二つな2人は心も近い。薫だけは何かを察しているだろう。
「俺もどこがって言われると言葉にしにくいんだ。普段通りなんだけど何か、な。違うんだ。飯を食って、話をして、勉強を見てやって。いつも通りなんだぜ?・・・俺がおかしいのか。土方さん。」
そんな俺の言いようのない不安を黙って聞いていた土方さんを見ると何故か微妙な苦笑が浮かんでいるように見える。?俺、なにか変なことを言っただろうか。
「千鶴は幾つになるんだっけか。」
「あ?もう高校も卒業だな。・・あ、卒業祝いと合格祝いとあとは、なんだ?・・・入学祝いを考えないと。」
「3年か、ってまだ、秋だろう?祝い事には早ええだろうが・・・。なんつーか、大学の頃の来るもの拒まずだったお前がガキに振り回されてるんだと思うと、面白れえもんだな。」
千鶴の年を考えて、随分先のことを口にして悩む俺を、土方さんが笑う。多分一番色々な事に悩んで自暴自棄になっていた頃をすべて知っている相手じゃあどうにも分が悪い。
「・・・・あの頃は、いろいろどうしようもなくてな。」
「まあ、中学生に盛ってる自分を認めたくねえって気持は解らんでもないが。」
身も蓋も無い言い方をされて、流石に土方さんを睨む。確かに言ってしまえばそのとおりではあるんだが・・・。
「睨むなって。お前はよく我慢してるさ。話して飯食って。で、毎日面だけはあわせて・・・それだけで満足ってどんな拷問だ?」
「・・・・。」
そういって笑った後、たったこれだけの相談で何かを察してしまったらしい土方さんは、吟味するように黙り込む。途切れた会話を察したマスターが近づいてきて空いたグラスを酒の満ちたグラスに換えていく。
渇いたのどに、酒を流し込む。気に入った酒、いつもなら訪れる心地よい酩酊感は、一向に訪れてはくれない。確かに拷問かもしれない。綺麗になっていく千鶴を見つめるだけの日々。余りに長くそんな日々を送っているから怖くて手も出せない。いつかどっかの誰かに掻っ攫われるかもしれないなんて考えた日は夜も眠れない。そんな事を思いながら呑んでいると土方さんが口を開いた。
「なあ、左之助。眠っている花は、いつまでも眠っていてはくれないぞ。」
「は?・・・土方さん?」
「・・・子供はいつまでも子供じゃあねえって事だ。」



謎掛けの様な一言と忠告を一言、それ以上土方さんは千鶴のことには触れなかった。酔えない酒をそれなりの量飲み干して、「流石にそれ以上は。」とマスターと土方さんに止められて帰宅して倒れこむようにベッドに落ちたのまでは覚えている。
帰り際に「土日でなんとかしてこい。」と厳命を下された以上、何かしらけりを付けなくては。だが、酔えなくても酒はきちんと身体に摂取はされたようですっかり二日酔いだ。痛む頭と身体で、ベッドで気だるい朝を迎えていた。
「眠っている花」千鶴のことだろうか。どんどん大人に近づいていく千鶴をずっと傍で見てきた。そのことにきっと一番怯えているのは自分だろう。その怯えを見抜かれたのかとも思ったが土方さんの表情はそれだけではないように見えた。千鶴は既に誰かに恋をしてるとでも言いたいのだろうか。
一番近い「兄」で居ることはやはり逃げでしかないのだろうか。千鶴が幼いことを理由になにもしない俺は、千鶴が誰かを好きになったときにも「兄」として接するしかないのだろう。出来るのか?・・・・いや、それでいいのか?そう、喉元に突きつけられた気分だ。


そんな風に暗い考えに陥っている俺の部屋をノックする音がした。
「お兄ちゃん?大丈夫?」
そう、これが千鶴の変化。あれほど言っても返事を待たずに飛び込んできた千鶴が、ノックをして俺の返事を待つのだ。他の者から見れば大した事ではないのかもしれない。だが、なんだろう、この違和感は。
「ああ、入っていいぞ。」
まだ鈍く痛む頭を抱えながら、小声で返事をする。その返事を聞いて、そおっと千鶴が部屋に入ってくる。手には握り飯の乗った皿と味噌汁の椀に水のペットボトル。朝食に起きてこなかった事から察して用意してくれたのだろう。
「大丈夫?お味噌汁持ってきたから。水分取った方がいいんだよね。」
そう言いながらベッドサイドにお盆を置くと、起きあがる俺の背にクッションを入れてくれる。クッションにもたれるように上半身を起こした俺に、ほっと息を吐くと千鶴はイスを引きずってくると、俺に味噌汁を差し出した。
「わりいな。助かるぜ。」
ふわりと味噌と蜆の香りが漂う。いつのころからか、俺のために冷凍庫には冷凍の蜆なるものが常時ストックされているらしい。インスタントや他の味噌汁でいいと言うが、そこは妙なところで頑固な千鶴が譲らずに今に至っている。
「おにぎりは置いていくから、食べられるようになったら食べてね。」
味噌汁を飲み始めた俺に、安心したように微笑んで千鶴は部屋を出ようとする。
「ああ、昼過ぎには落ち着くだろうから。昼飯からは一緒に食うな。」
「うん。」
じゃあ、いくね、と出ていこうとする千鶴を引き留めるように、思わず声がでる。
「あ、千鶴、あの、な。・・・・やっぱいいや。」
(どうして飛び込んでこなくなったんだ?)
思わずそう聞こうとして、口を閉ざす。俺が注意し続けてきたことだ。それを千鶴が守るようになっただけのこと。なのに、何故こんなに気になるのだろう。
「なあに?変なお兄ちゃん。」
そう千鶴は笑うと、部屋から出ていく。その笑顔が何故かいつもの千鶴の天真爛漫な笑顔ではなく大人びた笑顔に見えて、どきりとした。




俺は千鶴が、変わっていくのが怖い。

俺が大事に守ってきた眠れる花は、とうとう目を覚ましてしまったのだろうか。
その大輪の花を、他の男に摘み取られるために。
・・・来なければいいと願い続けていた日が近い、のかもしれない。



end.


お題「恋人になるまでの10ステップ」より
04:心の準備が出来ていません

あー、土方さん出しちゃった・・・。

そうそう、なんかしじみとかアサリって冷凍しても食べられるんですって。
千鶴ちゃんなら、きっと二日酔いにいいもの探していつでも用意できるようにしてんだろうなって。
私ならインスタントだな・・・。

2011/03/06


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