そばに眠る、届かない花

2. コイシイヒト

※千鶴視点


お兄ちゃんの車で少し郊外にある大型ショッピングセンターに向かう。
車で来るようなお店は、なかなか来ることが出来ない。お父さんは忙しいし、お兄ちゃんだって社会人だから、そうそう無理は言えない。でも、たまに甘えてしまってこうして連れて来てもらう。
それにこうしておにいちゃんと買い物って言うことだけでも私には嬉しい。別に近所のスーパーだって構わない。お兄ちゃんを独り占め出来るから。
こうして当然のようにナビシートに座らせてもらっているけど、いいのかな、って思うときがある。・・・彼女さんとか本来座るべき人がいるんじゃないのかな。ああ、・・・・嫌な想像。お兄ちゃんの隣は私の場所って我儘を言っていいほど子供じゃないのは分かってる。きっとおにいちゃんにとって私は妹でしかない。もし、お兄ちゃんに大切な人がいるのならこんなふうに傍にいることは出来なくなっちゃうんだ。
暗い考えになってしまった頭を振って、切り替えようとする。するといきなりの行動におにいちゃんが驚いてこっちを窺ってくる。
「いきなりどうした、千鶴?」
「・・・・ううん、なんでもないの。ちょっと考え事。」
ふいに考え込むと周りが見えなくなるのは、私の悪い癖。特に薫やお兄ちゃんの前ではよく独り言とかいってしまう。またやってしまった、と赤面する私にお兄ちゃんは苦笑した。
「ふうん。まあ、いいけどな。・・・もうすぐだからな?」
「うん!」
お兄ちゃんの大きな手のひらがポンと私の頭を撫でる。運転中だから前を見たままだけど、お兄ちゃんが心配してくれているのが分かる。

お兄ちゃんを好きなんだと気付いたのは高校生になってから。だからって何が出来るわけも無くて。今まで通りの振りをしてバレンタインや誕生日、クリスマスを私だけがドキドキしながら過ごす。小さな頃から一緒に育って、それが簡単に変わるはずは無い。・・・ううん、変えたくない。怖い。お兄ちゃんの傍に居れなくなると考えただけで怖くなる。それくらいなら、幼馴染の妹のままでいい。

そう、今のままでいいんだと思い込んでいたんだ。
・・・変わらないものなんて、無いのに。


土曜日の午後だからかショッピングセンターは混んでいたけれど、なんとか駐車してお店に入る。まだ、午後も早いうちだったので、買い出しの前にショッピングをすることにした。
お兄ちゃんと一緒に回っていたけれど、途中で雑貨屋さんを見たくなった私。でも、その店内は女子中高生ばかり。お兄ちゃんに付き合わせるのも悪いと思って、別行動をすることにした。お兄ちゃんは別にかまわないと言ってくれたけど、そういうわけにもいかないだろうと休憩をしているというお兄ちゃんと別れてお店に入る。
一通り眺めて、少し買い物をして、お兄ちゃんの休憩しているスペースに戻ろうとした時だった。

「お兄ちゃん・・・?」
お兄ちゃんの姿を見つけて、声をかけようとした言葉は最後まで続かない。お兄ちゃんの隣に見えた人影に気付いて、思わず呼びかけの言葉を発していた口を押さえて物陰に隠れた。一人で私を待ってくれているはずのお兄ちゃんの隣に何故か人がいる。親しそうに話しているように見える。・・・女性だ。
(え・・・。誰?あの人。)
それは、きれいな女性だった。すらっとした長身の大人の女性。さりげないシンプルな装いが、まるで私と正反対で。お兄ちゃんと並んでいるととてもお似合いに見えた。
比べて私はどうだろう。高校生になるのに伸びない身長。いつまでも子供っぽい体型。どう見たって妹にしか見えないよね。服だってあんな大人の服は似合わない。
・・・彼女さんとかじゃないよね?ただの知り合いだよね?・・・違ったら私はどうすればいいんだろう。ここから逃げ出したくても、自分で家に帰ることも出来ない子供なんだ、私は。

言いようのない暗い思考を巡らしていると、不意に目の前が暗くなる。
「おーい、千鶴?何やってんだ?」
物陰に固まっていた私の前にいつの間にか、お兄ちゃんが立っていた。目の前に、私を覗き込むお兄ちゃんの心配そうな顔。触れてしまいそうなほど近い距離に私は驚きの声をあげてしまう。
「わっ!びっくりした・・・。」
「びっくりはこっちだぞ。いつまでも戻ってこねえと思ったら、こんなところに居るんだからな。」
「ごめんなさい・・・。」
驚いた私に、お兄ちゃんは笑って大きな掌で私の頭をわしわしと撫でる。いったいどのくらい私はここで立ちつくしていたのだろうか。申し訳なさと恥ずかしさで俯いてしまう私にお兄ちゃんの苦笑が降ってくる。
「いいさ。お前を迎えに行こうと思ったんだが、すれ違いにならなくて良かったぜ。・・・欲しいもんでも見つかったか?そんな悩んじまうようなものなのか?」
「ううん。大丈夫、そういうんじゃないから。」
私の悩みに気付くはずのないお兄ちゃんのまったく見当違いの心配を聞いて、すこし微笑みながら首を横に振る。誰かと話している時に近寄った私には、気付かなかったみたい。よかった。誰なのかと聞きたいと思うけれど、それを聞いた時にもし「彼女だ」と言われてしまったら・・・。どうしていいのか判らない。
「千鶴?」
また思考の波にのまれて沈み込む私に、お兄ちゃんの戸惑ったような声が聞こえてきた。何があったかと問い詰められたら私に逃げるような器用な真似は出来ないから、無理矢理気分を浮上させてお兄ちゃんに笑って見せる。心配をかけたくない。そして、気付かれたくない。何も出来ないくせに嫉妬してしまう私の心を。
「なんでもないの!ねぇ、そろそろスーパーに行って夕飯の買い物しよう?」
明るく微笑んで、お兄ちゃんの服の裾を取って引く。私の子供っぽい仕草に、お兄ちゃんは困惑の表情を消して安心したように微笑んだ。そして、当たり前のように私に掌を差し出してくれる。
「おう、そろそろ行くか。」
一瞬、この手を取ってもいいのかと、迷う。でも、振り払ってお兄ちゃんの手を取った。
何も知らない、無邪気な幼馴染のふりをして。


ああ、でも、私は幼馴染のままで居たくない。
現実に、お兄ちゃんの隣に立つ女性を見て、実感した。あの光景が現実になってしまったら。・・・ううん、既に現実なのかもしれない。・・・お兄ちゃんの隣は私の場所なのに。子供じみた独占欲と嫉妬が心を染める。 このままでいたら、ただの妹でしかないんだ。


・・・もう妹ではいられない。いたくないんだ。
そう強く、思い知った。



end.

ああ、ベタ過ぎる展開ですね

それにしても一人称って意外と難しい
特に女の子視点は難しい

2011/01/08


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