そばに眠る、届かない花

1. 心にはまだ遠い

※左之視点


「お兄ちゃん」
そう呼ばれるたびにずきりと胸の奥が痛む。

隣の家に住む双子の兄妹の片方、千鶴が俺の部屋に飛び込んでくる。高校生にもなって社会人の男の部屋に抵抗なく入ってくるのはどうかと思うのだが。諫めても理由に気付かない千鶴には何を言っても無駄なのかもしれない。妹を溺愛する薫は「左之兄の所ならしょうがない」といって千鶴を止めようとはしない。その代わり、俺に釘を刺すように見てくる視線は忘れない。
「なんだ?」
土曜、家でだらだらとしていた俺は、身を起して千鶴を迎える。
「あのね、今日のお夕飯なんだけど。なにがいい?暑いしさっぱりしたものがいいかな?」
隣の家も俺の家も親は仕事でほとんどいない。あいつらは母親が早くに亡くなったので、ガキの頃の面倒はほとんど俺が見たようなものだ。朝食以外はほとんど、3人で過ごしている。今ではすっかり千鶴が食事を担当してくれている。俺が社会人になった今は、休日である土日のみになってしまったが。
「んー。外に食いに行くか?いいだろ、たまには。」
毎日食事の支度をしている千鶴にたまには楽をさせようと、社会人らしく提案をしてみる。しかし、千鶴はいい顔しない。たまにはいいじゃねえかと続けようとした俺に千鶴は首を横に振る。
「駄目だよ。お兄ちゃん。お兄ちゃんはいつも外食でしょう?家に居る時くらいはちゃんと家で食べよう。」
「そうか?俺は別にかわまねえんだがな。」
「私がかまうの!外食をしに行くよりも、買い物一緒に行こう?ね?そのほうがいいな、私」
腰に手を置き、宣言したかと思うと、小首を傾げてくる。こうと決めたことは頑固になる千鶴が、絶妙に甘えてきてこちらの反論を奪ってしまう。これが計算じゃないんだから始末に負えない。そのしぐさにどきりとした内心を顔に出さないように引き締める。
(・・・ガキの頃から知ってる高校生相手になにを考えてるんだ・・・)
誤魔化すように千鶴の頭をくしゃりと撫でる。承諾と取ったのだろう、千鶴がはにかんで首を竦める。
「しょうがねぇなぁ。車出してやっから、ついでに買い出しもしちまえ。」
「うん!」
「じゃあ、支度すっから。」
部屋を出て待っているようにと促すように言うが、千鶴には通じなかったらしい。ここで待つといわんばかりに椅子に腰かけようとしている。・・・・こいつは。本当に高校生なんだろうか。他のことでは察しが良すぎるくらいなのだが、こと性差に関することになると吃驚するほど鈍感になる。これで高校生活を無事に送っているのだから不思議だ。・・・まあ薫や平助、千姫が一緒なのだから、他の男が近づけるはずもないのか。あの3人の過保護が原因な気がしなくもないが。
「おい、着替えるんだよ。お前も支度して来い。・・・それともここで見てるのか?」
からかうように、上着に手をかけながら言うと、千鶴は、顔を真っ赤に染めて慌てて飛び出していく。
「お兄ちゃんのえっち!!」
「・・・えっちはおまえだろう・・・」
駆け出していったあいつには、ため息混じりの呟きは届かない。

いつからだろう。10歳近く年下の幼馴染が異性に変わったのは。自覚したのは大学生の頃、千鶴はまだ中学生だった。流石にまずいだろと、千鶴への気持ちを振り払うように悪友の誘いに乗って遊び始めた。家に帰ることも減り、食事を一緒に取ることも無くなって。千鶴を避ける生活を1年ほど送ったが、結局だめだった。どうあっても想いが消えることは無く、むしろ逢わない事で大きくなっていく。気紛れに付き合った女はみんな何処か千鶴に似ていた。似ているけど違う女たちにイラつく自分に気付いたときに遊ぶのを止めた。
どうせ同じように苦しいのなら、千鶴のそばにいようと覚悟を決めて数年。やはり気持ちは消えない。増していくばかりの想いを抱えて、俺はいつまであいつの兄として我慢していられるのだろうか。



continue....


お題「恋人になるまでの10ステップ」より
01:心にはまだ遠い

悲恋にはならない・・はず。

2010/12/23


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