そばに眠る、届かない花

13. そばに眠る、俺だけの花

※左之視点


逃げ出そうとした千鶴を、俺に嫌だと言った千鶴を腕の中に無理矢理押し込めて抱きしめる。暴れる千鶴に必死に告げた言葉に千鶴がビクリと震えて固まった。嘘だと呟く千鶴に違うと、信じてくれと願いと想いを込めて告げると、千鶴の身体から力が抜けていく。
千鶴の両肩を掴んで、崩れてしまいそうな身体を支えながらそっと胸元に押し込めた千鶴と向かい合う。その瞳をしっかりと覗き込める様にすこし身を屈めて、視線を合わせる。動揺に揺れる千鶴を真剣に見詰め、もう一度深呼吸。ずっと隠してきた想いを告げる。届かなくても構わない。ただこの想いを信じて欲しかった。
「千鶴。俺はお前が好きだ。……だから、お前の兄という立場が苦しくて、逃げちまった。」
「……逃げ、た?」
「そうだ。だけどな、どれだけお前から離れても、お前への気持ちを忘れるなんて出来なかった。さっき薫と話していたのはそのことだ。薫に逃げるなって言われてな。でも、お前の傍に居る自信がなくて……。お前を愛しすぎて駄目になっちまいそうだったからもうお前の傍に居られないって思っていたから。」
「だから、千鶴の傍にいられないって……?」
「ああ。」
俺の言葉にたどたどしく問いかける千鶴。そのひとつひとつに頷いて、答える。呆然としていた千鶴の瞳に涙が溢れていく。千鶴を泣かせたいわけじゃないがこれは言わなくちゃいけないことだ。せめてその濡れた頬を拭ってやりたくてぽろぽろと零れる涙を追いかけるように頬に触れる。触れた一瞬ふるりと千鶴が揺れた。だが、そのまま頬を拭っていくが拒否はされなかった。ただぽろぽろと涙を零して静かに俺を見詰める。
その真っ直ぐな眼差しに心が揺れる。こんな俺を千鶴は受け入れてくれるだろうか。ここまで告げても怖いと思う。それでもあれだけ逃げようとしていた千鶴が俺の話を聞いてくれている。それだけでも十分だ。
「だけどな、もう逃げるのはやめる。……千鶴、好きだ。ずっと俺の傍にいてくれ。」
もう逃げないと、千鶴の傍に居たいんだと出来る限りの想いは伝えた。これで千鶴が嫌だというのだとしても構わない。覚悟は出来ている。
「はい。」
そんな俺に千鶴も真剣に此方を見て、そっと頷いた。ずっと青白かった頬がほんのり赤みが差していく。その言葉に、今度は俺が呆然とする番だった。いくら薫から聞いていたとはいえ驚きと嬉しさで言葉もない。千鶴は……こんな……逃げてばかりの男でいいんだろうか。
そんな俺に千鶴は、涙で乱れた声を整えながら微笑むと俺への思いを告げてくれる。
「私もお兄ちゃんが好きです。ずっとずっとお兄ちゃんが好きだったの。」
ふわりと微笑む千鶴に、ようやく千鶴の是の答えが心に染み込んだ。そうか、俺はこれからも千鶴の傍に居てもいいんだな。これで二人並んで生きていくスタートラインに立てたんだ。
思わずその小さな身体を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。さっきは暴れて強張っていた千鶴は、一瞬吃驚していたようだが、そっと俺の背に腕を回してきた。千鶴の小さな腕では俺の背中に回しきれなかったらしく、掌がぐっと俺のジャケットを掴んでくる。ずっと求めてきた温もりが今この腕の中にある。もっと実感したくて千鶴の腰に手を回し引き寄せてぴったりと寄り添う。
「本当にごめんな。ずっとお前に悲しい思いをさせちまってた。」
「……ううん。」
「これからずっと俺の傍に居てくれるか?」
「うん。ずっとお兄ちゃんの隣に居たい。」
後で考えるとまるでプロポーズのような言葉に、千鶴がこくりと頷いた。それが嬉しくて、でもなんだか物足りなくて何が足りないのだろうと浮かれた頭で考える。
だが、ああと気付いてみれば簡単なこと。でももうずっと当たり前だったから気付かなかった。
「なあ、千鶴。」
「なあに?お兄ちゃん。」
「それだ、それ。……なあ、左之助って呼べよ。」
俺の呼掛けに答える千鶴。当たり前だがいつもどおりの『お兄ちゃん』だ。だが、これからは恋人同士なんだからやっぱり名前で呼んで欲しい。千鶴の髪にキスをしながら、耳元に声を落とす。狙ったわけではないが、低めの声が耳に直接響いたらしく、千鶴はビクリと肩を竦ませて震えていたが、俺の要求に気付いて困ったように言葉を濁す。
「……やぁっ……。あ、そっか、で、でも………。」
確かにそれこそ物心ついたときからの呼び名だ。そうそう変えられるものではないだろうが、やっぱり最初が肝心だろう。腕を解いて千鶴と向き合う。千鶴は照れているのかなかなか此方を見ようとはしない。
「なあ、千鶴。いいだろ?」
「い、今?」
「そう、今。」
千鶴は顔を真っ赤にして困りきっている。ちらちらと上目遣いで俺を見てくる千鶴の表情にぐっとくるが、ここで許してしまってはいつまでも名前で読んでもらえない気がする。ここは堪えて、じっと千鶴に視線を送り続ける。すると千鶴が根負けしたように、がくりと肩を落とす。
そして、何度か深呼吸をしていたが、ぎゅっと俺のジャケットの裾を掴むと小さく呟いた。
「さ、さの、……左之助さん。」
「……っ!……よく聞こえねえよ。千鶴、もう一回。」
「えっ?!、えと。……左之助さん。……っあ、」
そっと呟く声は小さくて、でも本当はちゃんと聞こえた。でももう一度聞きたくて、促すとワントーン上がった声が俺を呼んだ。だが、それに返事をする事無く衝動に任せて千鶴の唇を塞いでしまった。驚いた千鶴が吐息を漏らすが、一度触れてしまうともう止められそうもなかった。一瞬目を見開いた千鶴は、それがキスだとわかるとぎゅっと目を閉じる。そんな慣れない様子に俺は喉奥だけで笑んでもう少し、と漏れた吐息を飲み込むように何度も触れては離して啄ばむようなキスを落とす。かちこちに固まった千鶴の唇を宥めるように舐めると千鶴がびくりと飛び上がって掴んでいた俺のジャケットをさらに握り締める。触れたり食んだりとひとしきり千鶴の唇を楽しんでからチュッとリップ音を残して離すと、千鶴はもう爆発しそうなほど顔を赤くして、くったりと俺にもたれ掛かる。崩れ落ちそうになる千鶴を支えて、もう一度抱きしめる。
「悪い。急にしちまって。……なんか止まんなかった。」
そういった俺に千鶴はふるふると首を振る。そして俺を見上げる千鶴の顔は、俺の知る幼い千鶴ではなくて。もうすぐ目覚めて咲き誇るだろう女の顔。その顔にドキリとする。もうすこし、と欲張りそうになる劣情をわずかに残った理性で抑えつける。
今日の所は、薫の待つ家に帰らなくては。きっといつまでも帰らない二人にイライラとしているに違いない。
「よし、帰るか。」
「うん。お……左之助さん。」
「っ……おう。」
千鶴の俺を呼ぶ声に照れた顔を見られないように暗い空を見上げて、千鶴の手を握る。きゅっと指を絡めてしっかりと。おずおずとでもしっかりと千鶴がぎゅっと握り返してくるのを確認して。二人夜道を歩きだす。


土方さんの言いたかったのは、『目覚める前にちゃんと捕まえとけ』ってことだったんだな。わりぃ。遅くなっちまったがちゃんと捕まえた。

もう二度と逃げたりしない。離したりしない。
このもうすぐ目覚める花は、俺だけの花だ。



end.


完結です。大変時間がかかってしまいました。申し訳ありませんでした。

これで二人のお話はひとまずendです。
このあと、蛇足的な付き合い始めた二人の番外編をお届けします。
そのさらに続きを含めた全編を8/12 C84にて本にします。

もう、続きを書けないかもしれないと、5〜6話目あたりを書きかけのままで2年経ってしまいました。
何度か、続きはまだですかというお言葉をいただき、今回コミケ初参戦のこの機会にきちんと完結させようと思い、なんとかここまでたどり着けました。

続きをとコメントをくださった皆様。
頑張らなくちゃと発破をかけてくださったM様。
楽しみにしていると言って下さった皆様。

このサイトに足を運んでくださる皆様。
サークルに足を運んでくださる皆様。

皆様のおかげです。

ありがとうございました。


2013/08/08


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