変わらないもの、変わりゆくもの

「ちーづるちゃん。」
今日は天気が良い。千鶴が早く乾いた洗濯物を抱えて、幹部の部屋へそれぞれ届けていた時だった。ふんわりとおひさまの匂いのする洗濯物を抱えてにこやかに歩いていた千鶴の歩みが、ぴたりと止まる。そぉっと声のしたほうを見れば、沖田が立っていた。いつものからかうような意地悪な笑みではなく、本当に機嫌よく笑っているように聞こえる。だが、いつも沖田の悪戯の被害にあっている千鶴からしてみれば、そんな沖田はむしろ怖い。
ぎぎぎ、とからくり人形のように恐る恐る声のする方向へと振り向いた千鶴は、幹部棟の庭先でひらひらと手を振る沖田を見つけた。でも、どうして沖田が部屋ではなく、庭先から千鶴を呼んでいるのだろう。おまけに最近見慣れた夜着姿ではなく、普段の着物を着ている。沖田は今、土方から療養を言い渡されているはずだ。
「沖田さん!どうしてそんなところにいらっしゃるんですか?寝てなくちゃ……」
「なあに?千鶴ちゃんにまでそんな事言われる筋合いないんだけど。」
千鶴が飛びつくように沖田の傍に駆け寄って言うと、すこしむっとしたように沖田が答えて、千鶴の額をちょいっと小突く。千鶴がそれでも心配そうな顔で沖田を見上げると、沖田は苦笑する。
「抜け出したりしたわけじゃないよ。あんまり寝てばかりでも疲れちゃうから、今日は自分で松本先生の所に行って来たの。」
「そうなんですか…。」
「そうそう。ちゃんと土方さんの許可ももらってるよ。……山崎君は最後まで文句言ってたけどね。」
久しぶりに外出をして気分も晴れたのだろう、確かに沖田の顔を見れば、いつもよりも顔色がいいようだ。その事にほっとして千鶴がやっと胸を撫で下ろす。心配し過ぎだよ……と沖田がそんな千鶴に笑いかける。
「ああ、そうだ。これあげる。」
沖田が部屋に戻ろうとした足を止めて、千鶴の持っていた洗濯物の山の上に小さな袋を乗せた。
「自分用に買ったついで。金平糖だよ。」
「いいんですか?」
千鶴が恐々と沖田を見上げると沖田は心外そうに溜息を吐いた。
「む、僕の買ってきたのじゃ駄目なの?……よく他の人からももらってるでしょ?平助とか左之さんとか。」
「……駄目じゃないです!……ただ吃驚して。」
可愛い錦の小さな袋に入っている。「ついで」で買ったものがこんな袋に入っているはずはないだろう。千鶴のためにわざわざ用意したものだろう。そう沖田に指摘してもはぐらかされるだけ。だから、何も言わず気付かないふりをしてそっとその小さな袋を受け取った。
「ありがとうございます。本当に沖田さんは金平糖がお好きですね。」
「うん。だから千鶴ちゃん、近藤さんにもらったらまた分けてね?」
「はい。ちゃんと半分こ、です。私も大好きですから。」
大事に大事に沖田からもらった金平糖をしまうと、千鶴はうれしそうに微笑んで沖田を見上げる。その笑顔を見て少し照れた顔を見られまいと沖田はそっぽを向いてしまう。
「じゃあ、戻るね。心配性の誰かさんがまた怒り出すからさ。」
すっと立ち去る沖田の背中がなんだか寂しげに見える。このまま沖田を見送ってしまいたくないと思った千鶴は思わず沖田の背に声をかける。
「あ、あの!沖田さん!」
無言で振り返った沖田の視線に、千鶴はビクリとする。だけど、なにか言われてしまう前に、と必死に言い募る。
「お茶を入れたらお持ちしてもいいですか!いただいた干菓子があるんです。金平糖のお礼に、お持ちします、から……駄目でしょうか?」
一気に言ったものの、沖田の反応が怖くなって、最後のほうはどんどん小さくなってしまう。そんな千鶴に沖田はくすりと笑うと頷いた。
「いいよ。どうせなら一緒に食べようか。お茶二人分入れてきなよ」
「はい!」
ぱあっと明るい笑顔になった千鶴が、厨に駆けていく。その後姿を見送って沖田は大きな溜息を吐いて、部屋に戻っていく。いつかあの笑顔を曇らせる日が来るのだと思うとつらい、ような気がする。子供たちを遠ざけるようになったときはこんなにつらくはなかった。何かと自分を心配してくれる千鶴をいつかは遠ざける必要があるのはわかっている。……労咳を移さない為に。だけど、その時に曇る千鶴の顔を見たくないなんて。
(近藤さん以外にそんな気持ちになるなんて……。変だよね、僕。)



end.


お題「薄 桜 鬼で拾のお題」より
7.変わらないもの、変わりゆくもの

ずっと長い事ごにょごにょ書いていたものです。

本当はまだ続くみたいな感じなんですけど、どうにももう一歩。足りないな、そんな感じ。
此処まででも一つの短い話としてまとまってはいるのでアップしてみました。

なので此処だけだと題名がちょっと浮いてる感じがします。
このあたりの総ちゃんは変わりゆくものばかりだから。



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