笑顔の理由 2

その後、いったんパークの外に出て隣接するホテルのレストランに連れて行かれた千鶴は、パークが見渡せる個室で昼食をとっていた。……こういう部屋はかなり事前からの予約が要るのではなかっただろうかと首を傾げ、可愛らしく盛り付けられた料理たちに目を見張りながら、こんなふうにしてもらう理由がないことに戸惑いつつ食事をしていた。
「まずいとは言わんが、このやたらと凝られた盛り付けは何だ。俺には良く分からん。」
「え、そうですか。とっても可愛いし、私は嬉しいです。」
「……ふん。そういうものか。」
「そういうものです。……でも、そんなふうに思うのにどうしてこのレストラン予約なさったんですか?ここって……。」
「ここの予約も込みでチケットを貰ったんだ。……他意はない。」
千鶴が不思議そうに尋ねようとすると、風間がすこし慌てたように千鶴の言葉に重ねるように返答する。その慌てる理由が良く分からないが、風間の剣幕にびっくりした千鶴は、きょとんと風間を見つめながらも納得したように頷いた。
「そう、なんですか。下さった方は残念でしたね。こんなに素敵なレストランなのに来れなくて。」
「……。」
普段の風間ならここで財閥の力だとか、胸を張ってもいいはずなのにとちょっと不思議に思いながらも千鶴は料理を堪能した。


千鶴が最後のデザートをしっかり堪能していると、急に風間が千鶴に声をかけた。
「千鶴。これを受け取れ。」
風間に言われるままに視線を動かすと、いつの間にか風間の傍にワゴンがあり、その上に大きな包みがあった。それは可愛らしくプレゼント包装がされている。
「は?えっと……?」
「今日ここに来た記念という奴だ。……受け取れ。」
「え?……そんなことまでしてもらう理由がありません。ただでさえ、入園料とか食事代とかいろいろ……。」
なんでここでこんなものが出てくるのか、やっぱり今日誘われたのはそういうことなのか……千鶴の頭の中はぐるぐると複雑な気持ちが駆け巡る。
「もう買ってしまったものだ。お前がいらないのなら処分するだけだが……。」
「ええっ?待ってください。……でも、あの……やっぱり風間さんも私の……。」
やっぱり風間が千鶴を今日誘った理由は……と考えて、ぎゅっと肩を竦めて身体を強張らせた千鶴の前に、風間が包みを置いた。
「何でもいいから、開けてみろ。」
「でも。」
「ならば、捨てるまでだ。」
「……わかりました。開けます。」
反論を赦さない風間の言葉に、千鶴はしぶしぶ包装に手をかける。そっとリボンを外して、ふんわりと閉じられていた包みを開けるとそこから顔を出したのはぬいぐるみだった。それも千鶴が先程お店で見ていたあの、ぬいぐるみ。
「あ、の……、これ、さっきのお店の……?」
「……ああ、そういえばお前が見ていたぬいぐるみに似ているな。」
風間は千鶴からふいっと視線を逸らしてそんなことを言う。似ているなんてものではない。まさにあの時泣く泣く諦めたぬいぐるみ。
「テーマパークにきたら、女はこういうものを買いたがるらしいな。………チケットを譲ってきた相手に頼まれたついでだ。とっておけ。」
「あ、あの。えっと……………ありがとうございます。」
もう受け取るという選択肢しか千鶴には与えられていないようだ。そんな千鶴に風間は満足そうに鼻を鳴らす。千鶴はそぉっとぬいぐるみを撫でてみる。お店で見た時と同じ、千鶴の掌に柔らかい感触が広がる。思わず笑みが零れて、抱きしめようと持ち上げると、何かポロリとぬいぐるみから落ちた。包装紙の間に零れ落ちたものを拾い上げると、それは桜色をしたリボン。
「リボン?」
「ああ、それをぬいぐるみの首に巻いてやって、名前をつけてやるといい。」
首を傾げた千鶴に風間がふっと微笑むと、どうにもらしくない言葉が風間の口から零れる。とっさに何を言われたか理解できなくて千鶴の傾げた首が、さらに困惑で揺れる。思わずじっと風間の瞳を見つめると、すっと視線が逸らされて千鶴から顔を背ける。その目元がうっすら赤く染まっているように見えた。
「えっ?名前……?」
「そうだ。ぬいぐるみというのは持ち主の下にやってきて、リボンを巻かれて名前をつけてもらった日が誕生日、というのだそうだ。」
「誕生日……。」
「そうだ。だからちゃんと名前をつけて、可愛がってやれ。何しろこの俺が用意したものだ。きちんと手順を踏んで迎えるべきだろう。」
風間の口から聞くにはずいぶんとメルヘンチックな話ではある。でも、誕生日、か。その単語が気になって千鶴はぬいぐるみとリボンを手にしたまま、俯いてしまう。
「お前が誕生日を祝うのが、嫌だというのは知っている。」
「っっ!!」
ビクリと千鶴の肩が震える。……そう、今日は千鶴の誕生日だ。だけど、千鶴は誕生日が嫌いだった。原因は色々あるけれど、幼い頃の狭い世界の中で誰にも祝ってもらえない誕生日にいい思い出があるわけがなくて。父がいてくれたら、薫がいてくれたら、……母がいてくれたら。どれだけ涙を我慢してきただろう。
積み重なった気持ちはいつの間にか誕生日の千鶴の笑顔を奪っていって、もう何年も祝ってくれる友達に背を向けて一人静かに過ごす誕生日が続いていた。
風間がこうして無理矢理連れ出してくれなかったら、今年もきっと一人で部屋にこもっていたはずだった。
普通、気になる先輩から誕生日にデートに誘われたなら、嬉しいと思うのだろう。だけど千鶴にはそう思うことが出来なくて。
今日風間が自分を誘ったのが、偶然だと思いたかった。千鶴の誕生日だからだと思いたくなかった。
「お前が自分の誕生日を祝うのが嫌だというなら、そのぬいぐるみの誕生日を祝う日だと思えばいい。」
「は?」
ぎゅっと膝の上においた手のひらを握り締めて、俯く千鶴に投げられた言葉に、びっくりして風間を見上げる。でも横顔から見える目元がほんのりと赤い。風間先輩でもこんな表情をするんだ……と思いながらその横顔を見つめた。
「だから、この子の誕生日を今日に……?」
「偶然だ、偶然。」
そういう風間もいい加減、いい訳じみた言葉だと自覚しているのだろう。そっと席を立つと千鶴の正面の席から横の席へと移動してくる。そうして千鶴の側に来ると、おそるおそる千鶴の髪に手を触れてそっと撫でてくれる。
自分のことをちゃんと考えてくれる風間を目の当たりにして、千鶴は胸が苦しくなった。風間は千鶴でなくてもいいんだろうと考えていた自分が嫌になる。こうやって千鶴をまっすぐに見てくれているのに、どうして自分は風間のことをしっかり見つめて来なかったんだろうか?確かに困った行動の多い人だけれど、千鶴がはっきりと意見を言えば、きちんと聞いてくれていたのに。
千鶴の目尻に涙が浮かぶ。そんな千鶴に、風間がそっと囁いた。
「本当はお前が嫌でも、俺はお前の生まれた日を祝いたい。……生まれてきてくれて、出会えてたことに感謝をしたい。だが、それがお前の心の負担になるというのなら……。どんな理由でもいいからお前が今日という日を笑って過ごせる理由を……。」
贈りたかったんだ。とそういって千鶴の頬を撫でる。そうして千鶴の目から溢れそうになった涙をそっと拭い取るとそっと千鶴を促した。
「ほら、リボンを結んで名前をつけてやれ。まだまだパークを楽しむのだろう?」

そういって千鶴を覗き込んだ風間の表情は、今まで見た中で一番綺麗で……優しく見えた。





end.



おまけ

その後、左腕にぬいぐるみを抱きしめて、右手を風間の手のひらに包まれて、千鶴はもう一度パーク内に戻った。
「で、そのぬいぐるみの名前は何になったんだ?」
「うっ。な、内緒です。」
「それでは来年祝えんではないか。」
「ううっ。………………ちーちゃん、です。」
「千影のち、か?」
「ち、違います!!ちづるのち、です!!」



end.

いつまでたっても着地点に辿り着かなくて……。やっと辿り着きました。
今年の春、お姉さまに差し上げる予定で書いていましたが、全く終わらなくて(大汗)。

ぬいぐるみはくまさんかなと思って書きました。
ぬいぐるみのお話は、たしかccさくらか何かの少女漫画から持ってきました。
なんかずっと心に残っていて、今回引っ張り出してきました。昔過ぎて詳細があっているかは不明。
なんかちー様がちー様じゃない気がする。どうして、私の書くちー様はいつもこう……違うんだろう。

2012/08/06


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