親愛なるお姉さまに捧ぐ


※春生まれの方にプレゼントする作品の為、千鶴ちゃんが春生まれという設定になっています。ご了承ください。





笑顔の理由 1

随分早い時間にポーンとなった玄関のチャイムに千鶴が玄関を開けてみると、仁王立ちしている人物。なんでこの人は立っているだけで俺様なんだろう……と千鶴の頭に考えても仕方のない疑問が駆け巡る。大きく溜息を吐いた千鶴に、風間はいつも通りの尊大な態度と不敵な笑みを浮かべて玄関に入り込んできた。
「遅いぞ、我が妻よ。」
「……妻ではありません。それに急に来られても、困ります。風間先輩。」
「何故だ。昨夜のうちにメールしておいたではないか。」
「……どうやって調べたんですか?私のメールアドレス………。」
春休みで、誰とも約束をしていなかった千鶴は、今日は家でのんびりする予定だった。藤堂や千が遊びに誘ってくれたのだが、そういう気分にはなれなかった。何故か、と言われれば言葉に詰まるけれど、本当は理由は分かっている。みんなの気持ちは嬉しいけれど、どうしても今日は独りで静かに過ごしたかった。
そんな時に昨日、急に貰った風間からのメールは、デートの誘いだった。どうしてこの日なのか、偶然か必然か。複雑な気分になったが、本当はすこし嬉しかった。……強引で俺様な風間の事を千鶴はすこしだけ……、そう、本当にすこしだけ気にしているから。
学校がお休みで逢う事のないはずの先輩と出かけられるのは嬉しい。……素直になれないけれど。
だから、それが今日でなければもっと嬉しかったのに。

そんな複雑な千鶴の心境を知ってか知らずか、相変わらず俺様な風間が千鶴の手を取って歩き出す。
「えっ?どこに行くんですか。今日は出かけたくないってお返事したはずです!」
「相変わらず素直ではないな。良いから来い。」
「あっ、ちょ、ちょっと、先輩!!」

結局、千鶴の言葉は聞き入れられる事はなく連れ出されてしまった。
認めたくはないが強引に流される可能性は高いことは分かっていたので、ある程度の出掛ける用意をしていたのが災いした。玄関先においてあった千鶴のバッグはまるで人質のように風間の手に握られて、あっという間に風間家の車に押し込められる。
するりと心地よい振動で車が走り出す。結局、いつもどおり風間の強引さに負けてしまった。それがいつにも増して悔しくて、風間のほうが見れぬまま、流れる景色を目に移す。
(どうして、風間先輩には素直になれないのかな。……もっと私の話、聞いてくれたら……ちょっとは素直になる…………、やだ。何考えてるのかしら。風間先輩にとって私なんて……。)
男子校に紛れ込んだ女子が珍しいから、ちょっかいを掛けてくるだけなのに。きっと千鶴でなくても誰でも同じに決まってる。どうしても千鶴には風間が千鶴のことを欲しいと思ってくれている理由が分からなくて、いつも突っぱねるような態度になってしまう。
そんなことを考えているうちにどんどんと流れていく車外の景色。いったい何処に連れて行かれるのだろうかとさすがに不安になってきた千鶴は千鶴と一緒に後部座席に座った風間に行き先を問うてみる。
「着けば分かる。」
「……はあ、そうですか……。」
「まあ、そんなに呆れるなって。今日はまともなデートだぜ。多分。」
なんだか、追求する気力さえ奪われるような相変わらずの返事。そんな疲れた千鶴の返事に、運転席の不知火が千鶴の周りに溜まったどんよりとした空気を吹き飛ばすようにからからと笑う。今日はいつもの運転手ではなく、不知火が付き合ってくれるらしい。その粗野な雰囲気からは想像できないが、結構気遣いの人である不知火が適当な雑談を振ってくれるおかげで、風間との気まずさも徐々に消えて、随分長かったドライブの間も楽しく過ごせた気がする。
千鶴のわだかまりも不安も憤りもすこし落ち着きを取り戻した頃、千鶴の目に飛び込んできた景色に千鶴は目を見開いて輝かせた。
「うわぁ。ここって……。」
「おう、ネズミーランドだぞ。雪村はこういうところ好きか?」
「はいっっ。小さい頃、平助君のお母さんに一度連れてきて貰った事があるんですけど。とっても楽しかったんです!!」
「だってよ。よかったな、風間。」
「……ふん。たまたまチケットがあったからな。」
入り口に比較的近い場所に車を止めると、不知火が後部座席のドアを開けながら千鶴に声をかける。その言葉に嬉しそうに答え、車から飛び出す千鶴を見て、不知火はその後を追って車を降りてきた風間をニヤニヤと見て笑う。嘘だと知っている不知火は、楽しげに笑いながらまた運転席に戻る。
「あれ、不知火先輩?」
そわそわと入場ゲートを眺めていた千鶴が、車に戻った不知火に気付いて振り返る。不安げに不知火を見る千鶴に、運転席の窓を開けて手を振った。
「俺は送迎だけだ。雪村、風間を頼むぜ。……楽しんで来い。」
「え……、あ、そんな……。」
「……何をしている。早く来い。」
「ほら、いってこいや。」
「はい、ありがとうございます。」
すこし離れた場所から風間が不知火に懐く千鶴にいらだったように声をかける。風間とこんな所に放り出されて不安げな千鶴に、不知火は二カッと笑って千鶴を促した。不知火の言葉に、千鶴はこくりと頷くと丁寧にお辞儀をして風間のもとへと走っていく。その後姿を見送ってから不知火はその場を後にする。
「どっちも素直じゃねぇからなぁ。まあ、頑張れよ、風間。」


***

先を行く風間に追いついた千鶴は、風間の差し出したチケットを受け取った。無理矢理に連れて来られたとはいえこのままただで受け取るのは気がひけて、車の中で返してもらったバッグから財布を取り出して風間に声をかけた。
「風間先輩、チケット代……。」
「そんなことは気にするな。この俺が我妻に払わせるわけがあるまい。」
「……妻ではありません。だから、そんな訳には……。」
「……それにこれは貰った物だ。だから気にする必要はない。」
「もらい物、ですか?」
「ああ、……此方が無理に誘ったからな。ここでの払いは全て俺が持つ。だから財布はしまえ。目障りだ。」
とてもとても珍しいことに風間は、無理を言ったと認めたのだが、その後に続いた言葉が内容はともかくあまりにも酷い言い草で、千鶴はむっとしてしまうが、正直普通の高校生の千鶴がまともに出していたら痛い出費になるのは間違いないので、ぐっといろいろ言いたいことを飲み込んでお礼を言うことにした。それに千鶴が引き下がらなくてはきっとこのまま入場ゲート前で押し問答になってしまうのは目に見えている。
「……あ、りがとう、ございます。」
「む、なんだ?その嫌そうな礼は。……まあ、いい。ほら、来い、千鶴。」
千鶴の礼にすこし眉をひそめた風間は、だが珍しく素直に引き下がった千鶴に笑みを浮かべるとすっと手のひらを差し出した。千鶴はその手のひらと風間の顔を戸惑いの眼差しで交互に見つめていると、にやりと風間が笑うのが見える。
「お前はそそっかしいからな。迷子になったり転ばれては迷惑だ。……手を取れ。」
「そんなこと……きゃっ!」
子供ではないのだからと反論しようとした瞬間、後ろから人に押されてふわりと足元の浮いた千鶴は、ぼふりと風間の腕の中に飛び込んでしまった。そんな千鶴を危なげなくしっかりと抱きとめて、風間は見たことかといわんばかりの表情で千鶴を見下ろす。千鶴は飛び込んでしまった風間の胸元で真っ赤に顔を染めている。そのたくましい胸元とすこし香った風間の香りにドキリとしてしまって千鶴の頭の中はすっかりパニックだ。慌てて離れようとしてさらにバランスを崩してしまって、それすらお見通しだった風間の離れないままの腕に支えられてしまう始末だ。
「千鶴。……手を取れ。」
「ううっ。……………はい。」
腕をつかまれたまま、ようやく自力で立った千鶴は、結局風間の掌を取った。その悔しそうな千鶴の表情に風間は、声を上げて笑うと、千鶴の手を引いて入場ゲートを先に進んだ。


***

パーク内に入ってからの風間はいつもの尊大な態度はなりを潜め、いたって紳士的だった。優先的にアトラクションを見れるチケットがいつの間にか風間の手にたくさん握り締められていたこと以外は普通、だ。千鶴の手を引いてはいるが、千鶴の興味を持ったものにはきちんと反応して立ち止まったり、誘導してくれる。行列に並んだりなど、普段の風間からは考えられないほど穏やかに千鶴と一緒に行動してくれる。
パークに入った直後こそ不安げにしていた千鶴も、普段平助や千と一緒にいるときのようにのびのびと楽しみ始めていた。
そうやっていくつかのアトラクションを見て回った後、風間が急に千鶴をある店へと導いて歩き始めた。それは遠めに見ても女性向けの商品の並んだ土産屋で、風間自身が何かを買うような店には見えない。だが、明らかにその店に向かって歩いているのは間違いない。必要以上に風間におごってもらうつもりのなかった千鶴は慌てて千鶴の手を引く風間に抵抗した。
「風間先輩、ああ、あの!」
「なんだ?」
「お土産は、まだ、いいんじゃないかと思うんですけど!!」
風間の目的がつかめない以上なんといって止めていいものか分からず、千鶴なりに必死に考えて風間を止めようとしたのだが、そんな千鶴を見下ろした風間はまるで聞こえなかったかのように千鶴の抵抗を無視してどんどん進んでいく。
「わぁ。かわいい!」
「こういうものが好きか?」
「はいっ。大好きです。」
抵抗しながらだったが店に入って店内に所狭しと並んだ可愛らしいぬいぐるみたちを見てしまえば、千鶴はすっかりぬいぐるみに夢中だ。
今までの抵抗はなんだったのかと風間が首を傾げるほど、千鶴はぬいぐるみを見つめている。風間にしてみればそんな千鶴のほうが可愛いと思いながら笑みを浮かべると、千鶴を促した。
「どうせなら良く見てくればいい。」
「え、でも。風間先輩は……?何か用があるんじゃ……?」
「お前がぬいぐるみを見ている間に終わる。」
「じゃあ、待っていますから用事を……。」
「その間にぬいぐるみを見ていればいいだろう。すぐ戻るが、多少時間がかかっても構わんぞ。お前を見ていれば飽きないからな、時間など気にするな。」
気遣いなのかからかいなのか分からない風間の言葉に千鶴はぼふりと顔を真っ赤に染めて口をパクパクとしていたが、ふうっと大きく溜息を吐いて落ち着きを取り戻すと、風間の好意に甘えることに決めたらしい。まだ、赤いままの顔だったがそれでもきちっと風間を見てからぺこりと頭を下げた。
「で、では。お言葉に甘えて。戻られても私が夢中になってたら……声掛けて下さいね?」
「ああ、わかったから行って来い。」
なんだかんだいっても風間を気遣う千鶴に風間は微笑んで、ぽふりと千鶴の髪を撫で付けてそのまま押し出すように店内へと押し出した。そうしてやれば、千鶴の気持ちはもうぬいぐるみに向いていて、嬉しそうに店内をくるくると歩き始めた。用があるといったはずの風間がその場を動かず千鶴を見守っていることにすら全く気付いていないようだ。
からかう為に「飽きない」からといったが、実際に見ていれば楽しげにぬいぐるみを見つめる横顔が思いのほか可愛らしくて、本当に見ていて飽きないと思う。
千鶴は売り場を行ったりきたりしながらぬいぐるみを眺めていたが、そのうち気に入ったものがあったようだ。一つのぬいぐるみの前で立ち止まったまま、もう動かない。ちらりとぬいぐるみに付いたタグを見て悲しげに目を伏せる。どうも、千鶴的に予算があわなかったらしい。だが、どうにも気になるようで、抱きしめたり撫でたりとしつつ、タグを見ては溜息を吐いている。
風間はそんな千鶴にふっと笑みを漏らすと、そっとSPを呼んだ。
「誰か、いるな。」
「はい、風間様。」
「手筈通り、頼む。……あれを。それと………。」
「……仰せのままに。」
千鶴に気付かれないようにそっと周囲からガードしていたSPが、影のようにそっと風間に近づいてきた。あらかじめ段取りは済んでいた為、簡単に声をかけるとまたすっと消えるように立ち去った。
そんなやり取りをしているうちに千鶴はちらちらと未練ありげにぬいぐるみの棚を見ていたが、思い切るようにふるふると首を振って断ち切るような仕草をすると、風間の元に戻ってきた。その頃には、未練など綺麗に拭い取られて、千鶴の顔には満面の笑みが戻っていた。風間は、そんな千鶴にあえて気付かないふりをした。
「どうした?もういいのか。」
「はい、ありがとうございました。先輩の用事は大丈夫なんですか?」
「ああ、済んだ。では、行こうか、そろそろ昼食の時間だろう。」
「はい。」



To be continued.


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