遠くから抱きしめる

「レディ……。」
苦しげに揺れる背中を遠くからそっと見つめて、思わず駆けていって抱きしめたいと思う心をぎゅっと押し込めた。
散々今までその小さな手を振り払ってきたのに、今になってこんなふうに愛しいと思うようになるなんて思いもしなかった。今まで自分に近づくのは男も女も全てこの容姿と自分の後ろにある財閥だけを見ていた。幼い頃に求めた親の愛情は得られぬまま、欲の見え隠れする大人たちに囲まれて育ったレンは、それを拒まず追わずただ一時の暇つぶしとして受け流してきた。
そんな自分を純粋にただ音楽を一緒に作りたいのだと追いかける春歌に、最初は随分酷い対応をしたものだ。適当な甘い言葉で怯ませて、軽くあしらって。うわべだけの軽い笑顔で冷たく遠ざけた。
それでも自分を追いかける彼女から何故か目を逸らせなくて、気まぐれで受け取った彼女の音楽に魅了されて。気付いてみれば、こんなに深く彼女を求めている。
ただ同時に芽生えた彼女と同じ夢のためにはこの思いは秘めるべきものだった。

(レディが俺を、神宮寺という財閥と関係なく、レン個人をアイドルとして成功して欲しいと願ってくれるのと同じ様に、俺は俺を本気にしてくれたレディの音楽を広めたい。そしてそれは俺がしたいんだ。)

その為には恋愛はご法度だ。

やっと本気になれる人に出逢えたのに。同時に本気になれるものにも出逢ってしまった。
二つを一緒に手に入れる自信がない……なんて誰かに言ったらきっと笑うだろう。いつだって俺は本気になれずだけど自信だけは持っていた。でも、怖いのだ。誰も求めず自分を隠して生きてきたから、どうやって人を愛していいのか、求めていいのか分からない。
今だって自分が彼女を苦しめている。届かない想いを抱える事と、届くはずの想いに見ない振りをする事はどちらが辛いのだろうか?二人の想いは決して交わってはいけないもの。だからこの気持ちは彼女には絶対覚らせない。だけど、この想いを歌にこめることくらいは赦されるだろうか?

どんなに苦しくとも、彼女と一緒の夢を歩く権利だけは誰にも渡したくない。だから。

ただ今は彼女への思い全てを歌に捧げて、歌いたい。



end.

きっとレンさんだって自信がないことあるよね、と。
それがきっと春歌と一緒に生きること、なのかなぁ。
レンさんが覚悟を決めるまでの葛藤。

2011/12/11


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