夢へと続く道

全てが終わって、これからどうするかという話になった時、千鶴が雪村の家にしばらく落ち着こうと提案すると原田はすこし戸惑ったような困ったような表情を見せた。
「えっと?駄目でしょうか。」 「いや、駄目ってこたぁねえよ。無駄金使わずに暮らせる家があるならそれに越したことはねえしな。ただ、な。……お前はいいのか?」
「あ。……大丈夫ですよ。家も整理しなければいけませんし、……気持ちも整理できたらなって。」
「そうか。じゃあ、千鶴の家に行くか。すこし腰を落ち着けてこれからの事、二人で考えようぜ。」
「はい。」
そうはいったが綱道のことを思い出したのか悲しげに俯く千鶴に、原田は髪をくしゃりと掻き回すように撫で付けると千鶴の提案を受け入れた。二人とも重い決断をして、二人で生きていくと決めたのだ。お互い、気持を整理する時間は必要だろう。
二人は、数日を過ごした宿を引き払い、雪村の家に向かう。数年空けた家だから住みよくするには時間がかかるだろう。道すがら、当座必要そうなものを買いながら歩いていた。その道中、原田が不意に呉服屋に視線を送りながら口を開いた。
「千鶴の家にはお前の着物とかもあるんだよな。」
「はい。……娘時代の着物ですからもう歳に合わないかもしれませんが。」
「何枚かはちゃんとあつらえるけど、すぐって訳にはいかねえからな。わりいが、当分はそれですごしてくれや。」
「え?あつらえるって……。」
「お前の着物だよ。」
ずっと男所帯で過ごし長旅を続けていたから、ずっと男装を解かないまま、小姓姿を続けている。今手元にある着物も全て小姓姿のものばかりだ。確かに雪村の家に落ち着いたならもう女姿に戻っても問題はないだろう。だが、自分なんかの為にあつらえるなんて、勿体ない。今あるものを手直しすれば十分だろう。そう考えた千鶴は、すっかり品定めに入ってる様子の原田を止めようと慌てて、原田の袖を引いた。
「あの、そんな。もったいないです!娘時代の物といってもわりと落ち着いたものが多かったですから、十分着れます。」
「なにいってんだよ。嫁さん着飾らせるのにもったいないことがあるか。……それとも、俺の選んだもんじゃ嫌か?」
千鶴の必死の形相に、原田は笑いながら答えると、すっと千鶴に顔を近づけると甘く囁くように言って千鶴を伺う。その声と表情と「嫁さん」の一言で千鶴はボンっと顔を赤らめて、それでもなんとか言葉を重ねる。
「で、でも。これから色々出費もあるでしょうし……。左之助さんのお着物は、もっとないんですよ?……お気持ちは嬉しいですけど。私のを買うくらいなら、左之助さんのものを買いたいです。」
京から持ち出せた荷物は、新撰組を出て永倉たちと共に戦いに望むときに、必要最低限以外は雪村の家に移しておいてある。その中に多少原田の衣類もあったはずだが、京から持ち出せた物自体が少なかったから、ほとんどないに等しいのだ。それを考えれば、まだ娘時代の着物がある千鶴のもののほうが多いはずだ。綱道の着物があるが、異人ほどの身丈の原田に合わせる事は難しいだろう。それにまだ若い原田に父親のものを着せるのは忍びない。原田が千鶴を着飾らせたいというように、千鶴だって原田には素敵な着物を着ていて欲しいのだ。
頬を真っ赤にしたまま駄目だと言い張る千鶴に、原田は苦笑する。千鶴が自分と同じ様に思ってくれるのは嬉しい。だが、やはり今まで強いてきた男装の事を考えると娘らしい華やかなものを纏って欲しいと思うのは当然だろう。
「……でもなぁ、やっぱなぁ。可愛い嫁さんにはいろいろそろえてやりてぇぜ?着物だけじゃなくて簪やら櫛やら……お前に今まで買ってやりたくても買えなかったもんがたくさんあるんだぜ?」
「左之助さん……。そのお気持ちはすごく嬉しいんですけど、そういうのは贅沢ですから。」
また「嫁さん」の一言に反応して、火を噴きそうなほど顔を染めた千鶴が、それを原田に見せまいと俯いたままぼそぼそと呟いた。先ほどからのやり取りで何に反応して千鶴が恥ずかしがっているのかを図りかねていた原田は、ようやく理由が解ってきて思わず笑みを深めた。どうやら「嫁さん」と言われることが恥ずかしいらしい。男女のことに慣れておらず、恥ずかしがり屋だとは思っていたが、まさかそこまでだとは思わなかった。既に肌を重ねてこれから夫婦として暮らそうとしているというのに、そんな初な態度を見せる千鶴が原田には可愛くて仕方がない。それにどうにも悪戯心を刺激される。顔を染めて困り果てる千鶴の顔が見てみたい……なんて、沖田が千鶴を弄り倒していた気持が理解できてしまうから困ったものだ。
「なあ、千鶴。どうしてさっきからそんなに赤い顔してるんだ?」
着物の件をこれ以上話しても千鶴が意固地になるだけだろうと踏んだ原田が、にんまりと笑いながら千鶴を覗き込む。すると千鶴はビクリと肩を跳ね上がらせると、視線を彷徨わせて言葉を捜す。千鶴は突然指摘された事に動揺して、着物の件があやふやなまま棚上げされた事に気付けない。このままあやふやにして着物を手配してしまえばこっちのものだと、原田は心の中でほくそ笑む。
「えええ、と。そんな、こと……ないです、よ?」
「全然そんなことあるだろうが。まあいいか。でもよ。俺の可愛い嫁さんは、これから家に行って隣近所に俺の事紹介してくれんだろ?ちゃんと旦那だって言えるか?」
わざとらしく、再び「嫁さん」と言われて赤くなった頬を押さえた千鶴だったが、指摘された事実に愕然として青くなる。原田にいわれるだけでこんなに恥ずかしいのに、幼いころからお世話になっている人々に原田を「旦那」として紹介して回る……。それを考えただけで気が遠くなってしまいそうだ。原田とこうして夫婦として生きていく事は嬉しい。隣近所の人たちに今まで心配かけた事のお礼とと自分は大丈夫だということを知ってもらいたい。だが、どうしても!……恥ずかしいのだ。
その様子に原田は、千鶴の極度の恥ずかしがり屋に呆れつつも、そこが愛おしいと、いや、千鶴の全てが愛おしいのだと改めて実感する。
「ううっ。どうしましょう……左之助さん。」
「まあ、なんとかなるさ。俺もちゃんと手助けしてやるから、な。」
「はい……。」
千鶴の頭をぽんぽんと撫でると原田は、千鶴の手を取って歩きだす。
「まあ、適当に話作ってわらってみせりゃぁ大丈夫だろ。どういう設定でいくかな。」
「は?左之助さん?」
妙な事を言って考え出した原田に千鶴はぽかりとして原田を見上げる。すると、内緒話をするように千鶴の耳元に近づくと楽しげに囁いた。
「やっぱ本当の事言えねえだろう。ほら、千鶴も一緒に考えろよ。」
確かに父親の死や千鶴の過ごしてきた時間、原田の素性は、現在の状況を考えれば伏せるべきだろう。ともすれば暗くなりそうな事実を、楽しげに考えている原田をみて千鶴はすこし胸が軽くなる。きっとどんなことも原田とならば乗り越えて幸せに変えられる。
千鶴は楽しそうに頭をひねる原田の手をぎゅっと握りなおして、雪村の家への道を歩き出した。
「あんまり恥ずかしいのにしないでくださいね。」



end.

すごく久しぶりの更新です…。

そういえばサイトでさのさんご夫婦書いてないじゃんと気付きまして。
ここのあたりをこんなに書いちゃうつもりもなかったんだけど。
あと、こんなにバカっぽいいちゃこらなはずじゃなかった……んだけどな。
黎明録エピの千鶴ちゃんを思い出したら思わず……。
もうちょっと続きがあるはずです。

2011/05/15


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