Gravity

「原田先生、これ、どうですか?」
「うん?」
 金曜の夜、明日は休みだからと千鶴を家に誘った夜の事だ。いつもならすぐにもエプロンをつけて台所に入る千鶴なのになにかごそごそしていると思ったら、急に問いかけが飛んできた。とりあえずスーツから部屋着に着替えて戻った原田にまだ制服のままの千鶴が足元を示して立っている。
 膝上丈で太腿を半分隠すほどの長さの靴下。なんというのだったか。
「ニーハイ?だったか?」
「はい。初めて穿くのでどうかしらと思って。」
 原田先生に最初に見てほしかったんです、なんて笑う千鶴にデレデレと頬を緩ませながら原田がその姿を見つめる。千鶴はすこし恥ずかしそうにしながら、くるりとターンして良く見えるようにしてくれた。普段は見える膝は隠れている。腿の途中までを隠す布がスカートとの間に少しだけ見える白い太腿をより強調するようだ。すこし食い込んだ感じが千鶴の太腿の柔らかさを物語っているようで……いい。絶対領域とかいうのだったか?そういえば、着衣で……というのはまだしたことがなかったか。お風呂の前だからいやとか言われるかもしれないがそこはあれだ。ちょっと強引に進めてみるのもたまにはいいかもしれない。
(このまま千鶴を押し倒して穿いたまま……ってのもいいし、撫で回しながら脱がせるのもいいかもしれねぇな。)
 原田がにまにまとそんな妄想を巡らしていると、千鶴は訝しげに原田を見上げる。
「先生?」
「……お、おう。可愛いぞ。良く似合ってる。いま、そういうのが流行ってるのか。」
「そうみたいですね。……良かった。」
 原田が脳裏をよぎった浮ついた妄想を即座に振り払い、感想を言えば、ほっと安心したように千鶴が笑う。制服に合わせた無地のそれは、恋人の欲目を抜いても千鶴によく似合っていた。普段の膝下の清楚なハイソックスも良く似合っているが、寒くなってきたこの頃を思うと大人からすれば寒そうだと思ってしまう。だからといってタイツってのも味気ないとおもうのは男の勝手な意見だろう。だが、ニーハイの丈くらいあれば暖かさが増しそうに見えるが、実際はどうなのだろう。
 ただ、きちんと制服を着る千鶴がわざわざ制服に合わせたニーハイを用意するなんて、とも思ってしまう。
 もともとが男子校であるから厳しい女生徒の制服の規定はないが、標準は千鶴が普段穿く無地のハイソックスかストッキングやタイツなどのはずだ。そんな疑問の答えは千鶴のぽろっと零した言葉で知れる。
「週明けには穿いていかなくちゃいけなかったので……。」
「穿いていかなくちゃ……?どういうこった?」
 似合うといってもらえてよかったと千鶴が呟いた言葉に今度は原田が訝しげに首をひねる。ひょっとしてこのニーハイは千鶴の意思で穿いている訳ではないのだろうか。すると千鶴はハッとして、しまったと言わんばかりに口を押さえるが、じっと見つめてくる原田にがくりと首を垂れる。
「ええと、ですね。実は、これ皆さんに貰ったんです。」
「はぁ?皆さんって、」
 言うべきか迷っていた事だったので千鶴が困ったように原田から視線を逸らしながら説明する。
「沖田先輩と斉藤先輩と平助君です。今日がニーハイの日だから本当は今日穿いてほしいって言われたんですけど。さすがに学校で穿きかえるのはちょっと……。それにやっぱり……、先生?」
 ここまで口にしてなんだかぞくりと不穏な空気を察して千鶴が原田を見上げると、原田が笑みを消して眉間にしわを寄せている。普段温和な原田がそんな表情になると鬼教頭と言われる土方よりも恐ろしいと思ってしまう。まずい、これは絶対怒っている。幼馴染や親しい先輩とはいえ、男との約束など原田が許すはずがないと分かっていたから言わないでおこうと思ったのに。初めて穿くニーハイ、まずは原田に見て欲しかったし、そうしなければいけないと本能で悟っていたので、なんとかその場で穿くのを回避したというのに。せめて自分で買ったといえばよかった。でも、顔に出やすい千鶴の嘘はすぐにバレてしまうし、こういったことで嘘を吐いた先に待っているのは……考えるのも恥ずかしい。
(ああ、だから言いたくなかったのに!私ってば……。)
 実は付き合い始めて一番驚いたのはこの原田の悋気だ。周りから伝え聞く原田の過去は随分あっさりとした恋愛だったと聞いていたのに、実際はこのとおりとんでもない独占欲を発揮して千鶴を戸惑わせる。でもそれは千鶴が原田にとって特別だということに思えて嬉しくなってしまうのだからお互い様なのかもしれない。
 それでもこうして困り果てることもあるわけで、こうなったらなんとかご機嫌を取らなくては!と内心頭を抱えながら千鶴はおずおずと原田に声をかける。
「せんせ……?」
「………………脱げ。」
「えっ?」
「脱げって。……他の男に貰ったもんなんて穿いてんじゃねぇよ。」
 驚いて固まった千鶴の耳に唸るような低い声が入ったと同時にふわっと身体が浮いて、気付けばそばにあったソファに縫い付けられている。千鶴が状況を理解するよりも早く原田の手がニーハイに伸びた。
「脱がねえなら、脱がしてやる。」
「えっ、ちょっと待って……せんせっ!!」
「……。」
「やっ!せんせい、ちょっと落ち着いてく、ださ、いっ!!」
 驚きで固まった千鶴の態度を脱ぐことを拒否していると取ってしまったらしい原田は千鶴の制止を無視して千鶴に圧し掛かり、動きを封じてきた。こんなふうに強引に押し倒されるのは初めてで千鶴は驚いて原田の肩あたりをぽすぽすと叩いて止めてと主張してみるが、原田は無反応だ。沖田に言いくるめられて約束をさせられ、ニーハイを受け取ってしまった千鶴が悪いのは分かっている。でも話も聞いてもらえないなんて。
 ばたばたと暴れる千鶴にさすがの原田もうまく脱がせられないようで、いらだった原田の舌打ちに千鶴がびくりと身体を強張らせてポロポロと涙を零し始めた。
「せめて先生に、最初に見てもらってからって思ったのに……。」
 それでも駄目なんですか、と泣き出した千鶴にさすがに原田も手を止めた。それでも眉を寄せて不機嫌そうな様子は変わらない。心が狭いといわれようと、自分の女にちょっかいを出されて冷静でいられるほど暢気ではない。それに公の関係上、堂々と二人の関係を公表するわけにはいかないのだ。
「……千鶴。」
「……はい。」
「あのな、男が身に着けるもん贈るってのは、結構きわどい意味があるんだよ。」
「きわ、どい?」
(やっぱ、わかんねえよな……。)
 自分の好みに仕立てて脱がしたいから、なんて欲望が多少なりともこめられてしまうなんて……女には分からないことかもしれない。特に千鶴は男女の機微に疎いから。
 でも説明してしまうのはちょっと勘弁だ。何故なら原田が送るものがそういう意味だと誤解されてはたまらない(まあ、本当は誤解ではないが)。
「……いや、わからないならいい。無理に押し倒して悪かった。」
「いいえ。あ、あの……ごめんなさい……。」
「いや、こっちこそ、すまん。」
 すっかり事が始まるような体制で押し潰していた千鶴から上体を起こすと、手を取って起こしてやる。
「まあ、とりあえず、置いておいて食事にするか。」
「えっ?……置いておくんですか……?」
 起き上がって、零れた涙をこすろうとする千鶴の手を止めて、引き寄せたティッシュを手渡す。開放されてほっと息をついて目頭を抑える千鶴に原田がまだ不機嫌そうな声で告げると、千鶴がびくりと震えた。……放免じゃないのだろうか?
「おう、とりあえずあとでな?」
(ひぃっ!やっぱり……駄目?)
 開放されたのは本当にとりあえずらしく、千鶴が放心して見上げた原田の表情はそれはそれは恐ろしく不機嫌で、そしてなんだか野獣のような顔をしていたのだった。



**

(うー、散々な週末だった……。)
 千にアリバイを頼んでいたので、ずっと原田と週末を過ごせたのは嬉しかったのだけれど。不用意に原田を不機嫌にさせてしまった代償はそれなりに大きかった。
(まさか、……穿いたままするなんて。)
 千鶴は結局、食事の後原田にそのまま押し倒されて……まあ、いろいろされてしまったわけで。着衣のままはもちろん風呂で身体を清める前に行為をするのも初めてだった千鶴にはなかなかの衝撃だった。そのうえ、沖田たちに貰ったニーハイは汚されてしまい、いくら洗ったとしてもそれを学校に穿いていく度胸はなく、どうしようと泣く千鶴に原田はにんまりと笑っていったのだ。
『千鶴、悪かった。ちゃんと俺が新しいのかってやるから!』
 全っ然悪かったなんてひとかけらも思っていないドヤ顔で言い切った原田に千鶴はもう顔を真っ赤に染めて、ぱくぱくとなにか言い返そうと口を動かした。でもほくほくと楽しげな原田に何も言えずにがくりと項垂れた。
 もう、完全にしてやられてしまったのだ。これが目的であの時、中途半端に開放されたのだ。そう思うとすこし怒りがこみ上げるが、結局怒ってしまうことなんて出来なかった。そんな束縛だって千鶴は嬉しいと思ってしまうんだから、結局似たもの同士なのだ。
 まあ、そんな理由で日曜日に繰り出したショッピングモールデートはとっても楽しかった。すこし拗ねてしまった千鶴のご機嫌を取ろうと原田は終始でろでろに甘やかしてくれたから、差し引きゼロということにしたのだったけれど。
(お仕置きだ……なんて!先生ってば……。)
 思い出すとぼふっと顔が爆発してしまいそうになって、ぶんぶんと首を振って思考を飛ばす。
「千鶴ちゃん?急に頭なんかぶんぶん振り回して、どうしたの?お馬鹿さんになっちゃった?」
 千鶴がさわやかな月曜の朝に考えるようなことではないなと反省をした瞬間、後ろから聞き覚えのある声が掛かる。
(こ、この声は……!!)
「お、沖田先輩……。」
「おはよう、千鶴ちゃん?」
「お、おはようございます……。」
この週末をハードにしてくれた元凶――沖田だった。悶々と考えているうちに学校に辿り着いていたらしい。にっこりと笑っている沖田を見て、いいようのない怒りが込み上げるがただのやつあたりでしかないのはわかりきっている。結局プレゼントを断りきれなかった自分が悪いのだ。今掛けられたなかなか酷い言葉も反論すれば
倍以上になって返ってくるのも分かりきっていたから、ぐっと飲み込んで振り返ってみる。
「よっ!千鶴、おはよう!」
「おはよう。平助君。」
振り返った先には沖田だけではなく藤堂も一緒だった。先に学校に行ったはずだが、千鶴が来るのを校門で待っていたようだ。そこには遅刻等の見張りをしている斎藤の姿もあった。
「えらいえらい、ちゃんと穿いてきたね。……うん。僕が見立てたんだし、似合って当たり前だよね。」
「おー!!千鶴、か、かかか、かわいいぜ!」
「ゆ、雪村。その、………………よく似合っている。」
「あ、ありがとうございます。」
 皆口々に褒めてくれるのは嬉しいが、すこし心苦しい。今日穿いているのは、皆が買ってくれたものとよく似ているが少し違う、原田が買ってくれたものだ。同じものを買ってくれと千鶴がいくら言っても、どうせわかりはしないと原田に押し切られてしまったのだ。
 どうやら原田の言うとおり、気付かれなかったようだ。ほっと息を吐くと皆と連れ立って校舎に向かって歩き始めた。慣れないニーハイを穿いていることと違う物だと気付かれないかと緊張していた千鶴もすっかりいつも通り、むしろ少しハイテンションなくらいの様子で歩いていく。そんな時に不意に後ろを歩いていた藤堂が声を上げた。
「あれ?千鶴、なんか虫に刺された?」
「えっ?」
「もうすぐ12月なのになー、まだ蚊でもいんのかな?」
 蚊?そんな覚えはないのだが。驚きに目をぱちくりとして藤堂を振り返ると、ほらここ、と指さした場所は……太腿の裏側。丁度ニーハイで隠れるか隠れないかというぎりぎりの場所。別にかゆくもないのにどうしたんだろうと考えて次の瞬間、はっと思い当ることが!……ひょっとしてあの時だろうか?熱に浮かされていたがちりりとこのあたりに痛みが走った瞬間があったように思う。
「あああ、そ、そうね!!なんかまだ蚊がいたんだね!!ビックリだね!!」
「……なに、千鶴慌ててんの?」
「なになに、どうしたの?……へぇ?蚊?」
 必死に千鶴が言い繕おうとするが、書く仕事の出来ない千鶴だ、藤堂がきょとんとして千鶴を不思議そうに見る。そんな様子に沖田も興味津々と乗り出してきて、千鶴の足を見つめると意味深に声を低くして千鶴を覗き込む。
「蚊!です。気付いたらかゆくなってきたかも……あはは。」
「ふーーん?………きっと大きな『蚊』なんだろうね?」
すっとぼけるんだ?と言いたげな沖田のにんまりとした表情に千鶴がだらだらと冷や汗をかく。……前々から怪しいとは思っていたのだけれど、ひょっとして沖田は気付いているのだろうか?
(どうしようどうしよう……何を言っても墓穴になりかねない……!!)
「よう!お前らこんなところで何やってんだ?もうすぐ予鈴だぞ。」
「あー左之さんおはよう。」
「こら!原田先生だろ。……そうだ。雪村、これ忘れ物。」
「えっ?」
「気付いてなかったのか?先週手伝いしてもらった時に、置いてったみたいなんだけどよ。」
急にあらわれたこの状況の元凶に、千鶴がぽかんとしていると昨日ニーハイと一緒に買ったカラータイツの手提げ袋が。原田の家から帰ると荷物の中から見えなくなっていて、今日原田に会ったらそっと聞こうと思っていたものだ。(元凶だとしても)天の助けだ!これに穿き替えればこの怪しい赤いしるしを隠すことが出来る!
「あああ、ああ。そうでした!!ありがとうございます!!」
「ちょっと!千鶴ちゃんまだ話……。」
「じゃあ!先生、先輩方、私先に行きますね!!」
 沖田がまだ追究したりないと言いたげに声を掛けてくるが、それを聞こえないふりをしてがーーっと一気に言い切ると千鶴は原田の手から手提げ袋を奪い取るようにして受け取ると猛ダッシュで校舎に走って行った。
「千鶴、どうしたんだ?」
「さあ、な。何か用事を思い出したのではないか?」
 皆、呆気にとられていたが、予鈴が鳴ってそれぞれに動き出した。藤堂と斎藤が並んで歩いていく後ろを沖田と原田も歩き出した。
「左之さん、……大人げないね?」
「んーーー?何のことだ?」
「ふーん、まあいいけど。あんまり千鶴ちゃんを困らせないでよね。」
 すっとぼける原田に沖田が意味ありげに表情を覗き込むが、特にいつも通りの飄々とした原田のまま。とりあえず釘を刺したことで満足したのか、原田の隣を離れ前を歩く二人のところに進んでいった。
 そんな沖田を鋭い眼差しで一瞬睨むと、いつもの原田に戻る。
「……自分の女にちょっかい出されて何もしないほど、大人じゃないんでね。」
誰にも聞こえないように小さく呟いた言葉は、冷たい冬の風に消える。これでまた千鶴が拗ねて大変だろうけどそんなのも楽しいのだから、困ったものだ。大人の対応なんて出来ないくらい惚れてるのだ、あの小さな少女に。
「……罪な女だよな。」



end.

ふっと千鶴ちゃんのニーハイに萌える左之さんが書きたくなりまして。

嘘です。昨年の11月のニーハイの日にちょー可愛いニーハイ千鶴ちゃんをみてしまいまして。
本当はこの変態左之さんに千鶴ちゃんをしっかり襲ってもらう予定だったのですが、間に合いませんでした(何に!)
なので本来はR18オフ用のお話でした……。


2015/05/06


inserted by FC2 system