赤い花束

千鶴ちゃんには、白い花が似合うと思う。
可愛くて小柄な彼女にはそういうもんが似合うだろうと、単純な俺はそう思うのだが、左之はどうやら違うらしい。

「今回は何の花だ?」
「カラーって花。赤に近いくらい濃いピンクのやつがあったからそれをメインにしてもらった。」

ポカンとする俺に左之がモバイルで検索した画像を見せてくれる。なんか不思議な花だった。
画像を見ても不思議そうにする俺に左之が呆れたような顔をする。すらっとした大ぶりのこの花は白いものをウエディングブーケにすることもある人気の花なんだそうだ。

がさつな俺と違って相手を大事にする左之はよく千鶴ちゃんに花を贈る。
華美と贅沢を好まない千鶴ちゃんを尊重して、普段は小さな花束とからしい。花はその時々で違うが共通することが一つ、『赤い花』。濃いピンクから真紅のものまで色合いの濃淡は違えど、いつも赤い花だ。
でも、どうして左之はいつもこうして千鶴ちゃんに赤い花を贈るんだろう?

「でもよ、なんでいつも赤なんだ?千鶴ちゃんにはもっと淡い色の方が似合うと思うんだけどよ」
「あ?……ああ、色ね。」
お前がそんなこと言うなんて気持ち悪いなとかひでえことぬかす左之を小突いて、理由を急かすと渋りながらも答えた左之の言葉に俺はちょっと驚いた。

千鶴ちゃんの希望なんだとよ。

『そんな純粋な少女ではありませんから』

左之が初めて千鶴ちゃんに白とピンクのバラを贈った時に言われたらしい。
白のバラは「清純」ピンクのバラは「かわいい人、美しい少女」という花言葉。当時まだ高校生だった千鶴ちゃんには似合いの花だと左之は思ったらしいんだが、それを千鶴ちゃんに告げると複雑な顔をしたらしい。
気になった左之がなんとか聞き出した答えがあの言葉だったらしい。
好きになってはいけない人を好きになって、諦められなくて、やっと掴んだその手を離せない自分には似合わない。
そういった千鶴ちゃんの言葉がかなり堪えたらしい。教職にありながら生徒である千鶴ちゃんを選んだのは左之も同じだ。それでも引き寄せた千鶴ちゃんを離すことは出来なかったと左之は苦笑う。

『赤の似合う女性になりたい。』
その後、千鶴ちゃんの希望というか願いを聞いて、左之は淡い色合いの花を避けて赤い花を贈っているんだそうだ。

赤は、左之の色だ。髪だけではなく、あいつの……魂の色、とでもいうのだろうか。
だから千鶴ちゃんはそういったんだろう。

そういえば、左之から引き継いで千鶴ちゃんのクラスの担任をやっていた時、進路相談で千鶴ちゃんが漏らしたことがある。
二人の関係は聞かされていたし、千鶴ちゃんもそのことを知っていたからすこし気が緩んだのかもしれない。
『堂々と原田先生の隣に立てるようになった時には先生にふさわしい女性になっていたいんです。』
だから離れていても平気だし、頑張らなくちゃって思うんですってそういってはにかむように笑った千鶴ちゃんはもう少女ではなくて。大丈夫かと聞いた俺への若干の強がりもあるんだろう。それでもしっかりと前を見つめて進む一人の女性だった。入学した当時はほとんど男子校の紅一点として戸惑っていた小さな女の子だったのに。生徒ってのはいきなり大人になって教師を置いてっちまうんだよな、いつも。
でもその時確信もしたんだ。二人の関係は、堕ちていくものではなく、高めあっていくものなのだと。
親友としては応援してやりたいが、教師としてはこの二人の関係を納得しきれていなかった俺だったが、もう認めるしかないんだなと思ったのは、左之にも話していない記憶。





今日の花束は、いつもと違ってデカいらしい。
朝から花屋に出向いて注文をして、もうすぐ受け取りに行ってそのまま千鶴ちゃんとの待ち合わせに向かうんだと。

「今日は、特別だからな。」

そういう左之の顔が引きつっている。
びしっとスーツで固めた左之。ポケットにはビロードの箱。後学のために見せてくれよとからかうと真顔で「見せるか、馬鹿野郎!」とこぶしが飛んできたっけな。
いよいよ今日となって、柄にもなく緊張しているらしい。この色男でもこんなに緊張するもんなのか。……俺にもこんな日がいつか来るんだろうか?


小さく見える背中に一発張り手を入れる。バシッといい音がして左之の身体が揺れる。

「……いてっっ。……なにすんだよ。」
「ああ?気合入れてやったんだろ?……なーに生意気にも緊張してやがんだ?バシッと決めてこいよ。」
「!!」
「千鶴ちゃんが断るわけなんてねーだろ。だったら最高のスタートお前がしっかり決めてやらなきゃ駄目だろーが!」
「……ああ、そうだよな。」
「だろ?」
「おう。……でも新八なんかに言われんのも微妙だけど。」
「なんかってなんだよ!」
引きつっていた左之の顔がふっと緩んだ。そうしてふうと大きく息を吐くとやっといつもの左之らしい不敵な笑みを浮かべる。いつもの軽口が零れて二人で笑う。
「……ありがとよ。」
「おう!」
そういって吹っ切れたようなすっきりとした表情になって出かけていく左之を見送る。

こうして同じアパートに居るのもあともう少しだな。
そう思うとすこし寂しい気もするが、自慢の親友が幸せになるんだ。それでいい。

結婚式用の礼服、新調するかな。
そのために、ちょっと競馬を控えようか。

なんて出来るか分からない決意を立てて、親友の健闘を祈った。



end.

ふっと千鶴ちゃんに花束を贈る左之さんが書きたくなりまして。

だったら、まあプロポーズでしょうと。単純な構想で始めました。
うっかり新八さん目線にしたら着地点が行方不明になりまして。昨年中にあげようと思ってたのに……。
やっと無理矢理着地させました。


2015/01/25


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