今はまだ、気付けない想い

「よう、千鶴。ご苦労さん。」
千鶴が庭で掃き掃除をしている時だった。千鶴は、炊事洗濯への手伝いが認められると他のこまごました雑用にも手を出し、一日中仕事を見つけては動き回っていた。この時も、洗濯干しが終わり、取り込みと夕飯の支度までの空いた時間を、普段手の回らない庭掃除に使っていた。千鶴にとっては、軟禁されていた時に比べれば、巡察への参加も認められ、限られた場所だけだけど自由に動けるようになったのがうれしいのと、皆の為に何かをしたいという気持ちが強く、休むことなく雑用をすることが、苦にならないようだった。
そんな中、働きづめの千鶴を休ませようとなにかと気を使ってくれるのが原田だった。なれない場所それも軟禁状態だったころから、なにかにつけ千鶴に声をかけ、土産だと甘味や果物を渡し、一緒にお茶を飲む。そうしていると自然と永倉や平助たち賑やかな面々が集まってきて賑やかな一時になる。そんな風に過ごす中、千鶴は自然と原田に懐き、笑顔を見せるようになってきていた。
父子二人の生活の長かった千鶴にとって、誰かに頼ることが少なかったのだろう。最初は戸惑いながらも年嵩の原田や永倉を兄のように慕ってくれるようになっていた。
「あ、原田さん。おかえりなさいませ。」
巡察からの帰りなのだろう。隊服を羽織ったままの原田の姿を見つけると、千鶴は掃除の手を止め、ぴょこんとお辞儀をする。そんな千鶴に原田は、何かの包みを差し出した。
「団子だ。茶を入れてくれるか?」
「はい!いま。縁側にお持ちしますから!」
団子を受け取ると、箒をかかえたまま走りだそうとする千鶴を、原田が呼び止める。
「おいおい、箒は置いてけ。俺が片付けといてやるよ。」
原田の苦笑気味の呼びかけに、千鶴はあわてて立ち止まる。そのまま、勝手場まで持って行くところだった千鶴は、原田の所に戻り、箒を預ける。
「・・・はい。ありがとうございます。」
はずかしそうに俯いて、しょんぼりする千鶴の頭に手を置いて、ポンと弾ませて原田が笑う。
「おう。・・・そうだ、茶は2つな?」
「はい!すぐにお持ちしますから。」
すぐに気を取り直した千鶴が張り切って勝手場へと走っていく。そんな千鶴の後ろ姿を見つめながら原田は微笑むと箒を片付けて、縁側へと向かった。


***


原田は隊服を脱ぎ、縁側で寛いでいると、千鶴が湯のみと団子の皿をのせたお盆を手にやってきた。
「お待たせいたしました。ここに置きますね。」
千鶴が、縁側に湯のみと皿を並べていく。だが、並べるとそのまま座ることなく立ち去ろうとする。苦笑いをした原田が千鶴を引き留める。
「千鶴、どこ行くんだ。座れって。」
「へ?・・・私がですか?」
「他に誰がいるってんだ。二つ目の茶はおまえの分だろ?」
素っ頓狂な声を出して、不思議そうな顔をする千鶴に、原田の苦笑いはさらに深まる。随分なれたと思っているが、こんな風に自分への好意を自分へだと気付かないのは変わらない。原田は、しょうがないといった感じで言って聞かせるように言葉を続ける。
「お前に団子を渡して、茶を2つって言ったんだぜ?千鶴への土産に決まってるだろうが」
「・・・・てっきり永倉さんたちと召し上がるのかと思って・・・」
「男と二人、団子食うなんてまっぴらだ。それよか、千鶴とくいてえと思ったんだよ。ほら、そこに座れって。」
恐縮していた千鶴だったが、おとなしく原田の隣に座る。以前ならここで遠慮する千鶴を説得する時間がかかったものだが。ここは慣れてきたというべきか。原田やほかの幹部が千鶴に何かしてくれる時、どんなに恐縮しても遠慮しても結局最後は押し切るのだ。さすがの千鶴も無駄な抵抗はしなくなっていた。
「はい。いつもありがとうございます。」
「気にすんなって。お前が笑ってくれるならそれでいいんだぜ。」
恐縮して俯いた千鶴の頭に手を置いてポンポンと撫でながら、原田が千鶴を覗き込む。微笑を蓄えた端正な顔と低い声が千鶴の胸の鼓動を大きくする。この笑顔にはどうしても慣れる事は出来そうにないと千鶴は思う。
(なんでこんなにドキドキするんだろう。)
原田が千鶴のことを構ってくれるのは、軟禁状態の千鶴を不憫に思ってくれているからなのだ。それ以上のことではありえない。それでも、原田に微笑まれると嬉しいと思う気持ちを抑えることが出来ない千鶴がいる。巡察に同行するときに見た光景が千鶴の頭をよぎる。騒動に巻き込まれた町娘を送っていく原田。男装した自分ではなく、きれいな着物に身を包んだ若い娘が原田の隣に立つ。その後姿を見送りながら、お似合いだなとおもった千鶴の心を何かが締め付ける。
(どうして、あの光景を思い出すんだろう。・・・・どうしてこんなに胸が痛いの?)
原田が誰にでも優しいのは知っている。そんな所が頼もしく思う。・・・千鶴だって「誰にも」の中の1人なだけだ。千鶴にはわかりきっている事なのだ。

覗き込んだ千鶴の顔が赤くなったかと思ったら急に沈み込んでいくのを見ていた原田は、思案顔になる。いつも皆のために忙しく働いている千鶴を労ってやりたくてこうして土産を買ってくるようになっていたが、大所帯にも男にも慣れていない千鶴を構い過ぎていただろうかと心配になってくる。
「おい?どうした?・・・ひょっとして頭撫でられんの嫌だったか。」
原田に声を掛けられ我に返った千鶴は、あわてて首を横に振る。
「違うんです!そうじゃなくて・・・ちょっといろいろ考えてしまっただけで。」
「そうか?ならいいんだが。遠慮しねえで嫌なことは嫌って言えよ?」
「本当に違うんです。原田さんに頭撫でてもらうのは大好きですから!!」
誤解されてはいけないと、千鶴は必死に言葉を重ねる。すると、原田は驚いたように目を見開いていたが、ふっと微笑むと千鶴の頭をくしゃりと撫でる。
「・・・そうか。大好きか?」
「はい!!」
誤解が解けたと、嬉しそうに笑いながら大きく頷く千鶴を見た原田が大きく笑う。千鶴には原田が笑っている理由がわからなくて、キョトンとしてしまう。でも、原田がとても楽しそうに笑うのが嬉しい。
ひとしきり笑うと原田が湯飲みを手にする。
「じゃあ、団子でも食うか」
「はい。」

(今はこうして傍に居れるだけでいい。)
千鶴の中にある気持ちは、知らないうちに積み重なり、大きくなっていくのだろう。
幼い心に積もるこの気持ちをいつかは理解できる日が来るのだろう。その時までは、この居心地のよい場所で過ごしていたい。


――――――――これが恋だと気付くまで、あと少し。



end.

ああ、何が書きたかったのかわかんなくなった感じ
ただ、千鶴の頭をポンポンする左之さんが書きたかっただけかも

2010/11/28


inserted by FC2 system