譲れないもの

「ちーづーるー。」
「はいはい。今お茶を用意しますから、待っていてくださいね。」
(いや、そういうことじゃなくてな。)
原田が縁側でごろりと横になって、千鶴を呼ぶ。せっかくの休日、千鶴の傍でごろごろとしていたいというのに。生真面目な千鶴は、主婦には休みはないのだと言わんばかりに、食事の支度に掃除に洗濯。ついでに家にいる原田のためにかいがいしくお茶など入れてくれる。だけど傍に居てくれるのは、食事の時とお茶を持ってきた時だけ。今もつれない返事が聞こえてきて原田はがくりと頭を垂れた。
休みのたびに繰り返されるこの状態。これでは自分が駄々をこねる子供のようではないか。……というか最近はすっかりそんな扱いだ。
家事などいいから傍に居てくれとせがんでも、千鶴の返事はいつも一緒。
「左之助さんに快適に過ごしてもらいたいからなんです。もう少し待っていてくださいね。」
そういって頬を染めて微笑む千鶴に言われてしまえば、もうお手上げだ。だが、原田にはむしろ自分がいると千鶴の仕事が増えている気もする。だから、手伝おうともするのだが、
「左之助さんはお仕事で疲れてるのですから、休んでいてください!」
と言われて押し戻される。
逃さないように抱きしめて自分の傍に留め置こうとした時は、とうとう怒らせてしまってその後のご機嫌取りで散々だった。

千鶴の気持ちは嬉しい。怒ったりするくらい感情を自分に晒してくれるのも嬉しいと思う。最初は新妻の小さな我儘くらいに思ってたけれど、だんだんと原田に不満が募っていく。千鶴と念願の所帯を持って二人で助け合って生きていくと決めたはずだ。だが、懸命に原田に尽くそうとする千鶴に違和感を覚えてしまっている。千鶴は原田の使用人ではなくて妻であり家族のはずだ。自分だけこうして休んでいるのは、気持ちが悪い。家事こそ決まった休みのない大変な仕事だと原田は思っている。なにより普段仕事に出ていて千鶴と一緒に入れる時間が少ない。せっかくの休日ぐらい千鶴を堪能してもいいはずだ。いや、するべきだ。
ただ千鶴に傍に居て欲しいだけじゃないかといわれたら確かにそのとおりなのだが、今のままは、なにか釈然としない。

そんなふうに原田が悶々と考え込んでいると、不意に頭上に影が落ちる。
「左之助さん?どうかされましたか。」
「……千鶴。」
「はい。」
さっそく茶を入れて持って来てくれたらしい。別に茶などいらないのに。なんだか少しいじけてしまった原田は、ますます子供みたいだ。千鶴を呼んだきり、じっと千鶴を見たまま起きようとしない原田に、ふふっと千鶴が笑うと茶を運んできた盆を縁側に下ろすと千鶴はそのまま原田の傍に腰を下ろした。
「左之助さん、お茶入れましたよ。一緒に飲みましょう?」
「……もう、いいのか。忙しんじゃねぇか?」
「大体終りましたから。左之助さんと一緒に食べようと思って、お団子買っておいたんですよ。」
折角千鶴から原田の傍に来てくれたのに、何故素直に嬉しいと微笑めないんだろう。団子を乗せた皿を見せて原田に微笑む千鶴をぼんやり見つめる。いつもなら明るく笑って「おう。」と起き上がってお茶を受け取る原田なのに、と千鶴の幸せそうな笑顔がだんだんと悲しげになって、それでも原田に向かって微笑むと皿を盆に戻した。原田自身も自分がふてくされた子供のように思えるけれど、原田の中の納得のいかない気持ちが邪魔をして千鶴の笑顔に返事を返せない。二人の間に流れる重苦しい沈黙。
「……お食べになりませんか?」
「……。」
寝転がったままじっと千鶴を見つめる原田に、千鶴はすこし居心地悪そうに目を伏せてポツリと呟いた。それでもなんの反応も示さない原田に、不機嫌の理由が分からない千鶴はそれでもきっと自分が悪いのだと思ったのか、身を縮めるように俯いてしまった。
「あの、左之助さん。……ごめんなさい。」
「……何で謝る?」
千鶴が小さく呟いた謝罪の言葉に、原田の低い冷たい声が返る。その冷たさに、やっぱり自分がなにかしてしまったに違いないと、千鶴の縮めた肩が震えた。
「私、何かしてしまったんですよね。……せっかくの左之助さんのお休みなのにご気分を害してしまったみたいなのに、理由が分からないんです。だから、ごめんなさい。」
今にも泣き出しそうな千鶴の様子に、さすがにやり過ぎたかと原田の胸が痛んだ。だけど、いまきちんと向き合わないといけないと原田の中の何かがそういっているような気がした。
「なあ、千鶴。」
「はい。なんでも言って下さい。直しますから。」
「……俺はお前の上役か何かか?」
「は?……違います。大切な旦那様です。」
やっと口を開いた原田に、千鶴はまるで教えを受ける新人の部下のように意気込んで答える。その勢いにすこし苦笑いをすると、原田はしっかり起き上がって千鶴と目を合わせられるように座りなおす。普段は恥ずかしがって口にしてくれない千鶴の不意に零れる原田への気持ちに溢れた言葉に嬉しくなるが、千鶴のほうはいたって真面目で自分の言葉がどういったふうに取られているかなんて全く気付いていないらしい。原田の苦笑いをからかいと取ったのか千鶴の頬が不満げに膨らむ。そんな千鶴に原田は表情を引き締めると言葉を続けた。
「なんかなぁ、千鶴が俺の為に頑張ってくれてるのは分かるし、嬉しいんだけどな。なんか、違うんだよ。」
「違う……?」
「俺は外で仕事してるよな。で、お前は家で家事をしてくれてる。」
「はい。」
「だから、俺が休みのときはお前も休みでいいと思うんだよ。」
「そう、なんでしょうか。」
原田の言葉に不思議そうにする千鶴を見ていると、お互い自分の主張を言い合うだけで、きちんと話をしていなかったのだと今更だが気付かされた。夫婦になったことで甘えていたのは原田の方だったのかもしれない。何故こうも千鶴のことになると必死になりすぎて周りを見ることが出来なくなってしまうのだろう。
「そうなんだって。まあ、毎日しなくちゃいけない事もあるのも知ってる。……休みだって腹は減るからな。だから、休みの日はどうしてもすることだけ、二人で一緒にやってしまって後はゆっくり過ごしたい。でも、お前はそう思わないんだよな。」
「……はい。」
「俺としては、だ。……俺はたとえ俺の為の事にだって千鶴を取られたくねぇ。仕事の時はどうしたって千鶴の傍に入れねえだろう?それなのに仕事の休みの日には家事に千鶴を取られちまう。それが嫌だ。」
「は?あの、あの……。」
原田の真っ直ぐ過ぎる千鶴への執着心に千鶴はぼふりと顔を真っ赤に染める。もっと真面目な話をしていたはずなのに……と首をかしげながら千鶴は真っ赤に染まった顔を伏せた。だが、原田はそんな千鶴に構うことなくどんどんと言葉を紡ぐ。
「それになぁ、いくら休みの日だからってお前が動いてんのに、俺ばっかりふんぞり返ってるのも、なんか違うだろ?お前と俺は夫婦で家族だろ。助け合うってのが当たり前だと思うわけだ。……ちっとそういう事も考慮してくんねえか?」
原田がここの所心の中で悶々としていた事を吐き出して、ふうっと大きく息をついた。それを聞き終えた千鶴は、顔を伏せたままぽつりぽつりと話し始める。
「……旦那様に家事を手伝っていただくのは、あまり良い事ではないと私は思うんですけど。」
「けど?なんだ、言ってみろよ。俺の気持ちは今言ったとおりだ。千鶴はどう思う。……どんな事でもいい。ちゃんと言ってくれ。」
「あの、ですね。……屯所にいた時みたいに一緒にお料理とかお洗濯とか……出来たら、楽しい……かなって。」
昔の事を口にするのが心苦しかったのか、千鶴の顔が少しくしゃりと歪む。確かに屯所にいた時は男所帯だったから皆で協力して家事をこなしていた。だが、今は千鶴がこの家を守る主婦なのだ。外で働いてくる原田に家事を手伝ってもらうなんて、もってのほかだと千鶴は思っていた。だから、今まで原田の言葉に耳を貸さずにきたのだが、原田はそれでは嫌だという。千鶴が小さなころから見てきた世間一般の夫婦とそれはずいぶんかけ離れている気がするが、原田はきっと、周りは周り、自分たちは自分たちだと言うのだろうな、と千鶴は思った。
迷う様に言葉を紡ぐ千鶴に、原田は千鶴の頭をくしゃりと撫でた。
「それなら、何の問題もねえじゃねえか。千鶴は俺と一緒に家事をして、楽しい。俺は千鶴と一緒に休みを取れたら楽しい。半日ずつ、俺とお前の楽しい事やれば、万事解決だろ?」
「……それ、でいいんでしょうか?」
「いいんだよ。……まあ、世間一般からすればちっと珍しいかもしれねえけどな。俺たちは俺たちだろ?」
「ふふっ。そう、ですね。」
やっぱり、と千鶴は笑う。原田はやっとすっきりしたぞ、とやっとお茶に手をつける。そんな原田にそっと団子の皿を差し出して千鶴もお茶を手にした。
「お茶ぬるくなってしまいましたね。」
「うん?喉乾いてるから丁度いいぞ。あ、千鶴……入れ直しに行くとか言うなよ。これから飯の支度までは俺の「楽しい」の時間だ。」
「は?」
「千鶴はこれから俺と昼寝をするんだ。で、夕飯の支度は千鶴の「楽しい」の時間だからな。」
ふん、と子供っぽい仕草で胸を張って言う原田に、千鶴はぽかんとしていたが、そのうちくすくすと笑いはじめる。そんな千鶴に原田も満面の笑顔を浮かべて笑いだして………。


原田家に笑顔が戻る。



end.


お題「薄 桜 鬼で拾のお題」より
2.譲れないもの

SCCの無料配布の為に書いていた話なのですが。
……間にあいませんで。
最初は、ただ原田さんが千鶴に甘えたいぞ!!っていうだけの話のはずだったんですけどね。
どこでどう間違ったのか、こんな話になりました。

久々の幕末、左之さんご夫婦です。
もっといちゃこらさせたかったのに。あれれ?という結果になりました。


2012/05/14


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