さみしいきもち、いとしいきもち

「先生……?」
「うん?……起しちまったか?」
 千鶴がふっと眼を覚ますと、原田の姿が隣にない。ぼんやりと明るい部屋に首を傾げて、光源の方向を見るとデスクでパソコンにむかう原田がいた。ぼんやりとしたまま、千鶴が身を起こすと問いかけに振り向いた原田が目を丸くすると、にやりと意地悪げに笑みを浮かべぽつりと呟いた。
「……絶景。襲うぞ?」
「へ?………きゃっ!」
 千鶴は言われた意味がわからなくて、ぼおっと自分を見下ろして、自分の姿にこんどこそはっきり目が覚めた。……昨夜原田に抱かれて倒れこむように意識を失ってしまったから、何も着ていないのだ。全てを原田に暴かれているとはいえ、正気の時に見られるのはやはりとても恥ずかしい。見る見る真っ赤になった千鶴は、ぱっとベッドに潜り込む。その様子に原田は声をあげて笑うと、区切りが悪かったのだろう、またパソコンに向き直る。そんな様子に千鶴は少し寂しくなって、ガーゼケットを纏いベッドから起き上がる。
 そのまま、デスクに向かう原田の後ろ姿を見詰める。仕事をしている後ろ姿から垣間見える横顔は、教師の顔をしている。普段は教師と生徒、平日にデートなど望むべくもない。週末を利用して原田のマンションに泊まりに来ていた。原田の言葉に甘えて泊まりに来てしまったけれど、こうして仕事をしている原田を見ていると良かったのだろうかと迷いが出てきた。学生の自分とは違って、担任こそないが教師という仕事はきっと忙しいに違いない。平日にメールを送っても、返事が深夜に近い事が多い。
 ……千鶴という存在は原田にとって負担とリスクだけになっていないだろうか?

「千鶴ー、待ってろ。もうすぐ終わるからな。」
 パソコンに向かったまま、原田が明るく千鶴に声をかける。ぼんやりとしたままぐるぐると考えていた千鶴はその声にほっとするけれど、同時に罪悪感にも苛まれる。
「もう、大丈夫なんですか?お仕事……。私なら平気ですから、気にしないでください。」
 心に芽生えてしまった暗い気持ちを覚られない様に明るく微笑んだ。出来る限り、原田の邪魔はしたくない。ただでさえ厄介な存在なのだ。いつも、原田がしっかりと抱きしめて眠ってくれるから、原田のベッドは広くて冷たいけれど、原田の匂いがするからきっと一人でも眠れる。そう思って千鶴はベッドに潜り込もうとした。
「あ?気にするなって……。おい、千鶴?」
 本当に仕事をやめてしまったらしい原田が、パタリとノートパソコンの蓋を閉じるとベッドに潜ろうとする千鶴をガーゼケットごと抱きしめる。急に抱きしめられてばたばたと暴れる千鶴を、原田が更にぎゅっと抱きしめるとすこし、千鶴が大人しくなる。何を考えていたのか、千鶴はまだガーゼケットだけの格好なのも忘れて少し興奮してしまったようだ。
「千鶴、ほら。寝なおすならこれ着てろ?な?」
「あ……。はい、ありがとうございます。」
 脱ぎ散らかしてあった千鶴のパジャマを取り、千鶴に渡すと原田は、「ちょっと待ってろ」と寝室を出ていった。きっと千鶴が原田の前での着替えを恥ずかしがるだろうと見越しての行動。千鶴にはこうした気遣いが嬉しい半面、複雑だ。
「着たか?」
「はい。あの、本当にお仕事良かったんですか?」
「ああ?いいんだ、急ぎの仕事じゃないからな。」
 なにか柔らかい匂いのするマグカップを二つ、トレイに乗せて原田が戻ってきた。トレイをサイドボードに置いて、ベッドヘッドにクッションを立て掛けるとベッドに半身を起してクッションに寄りかかる。そして千鶴を手招いた。
「ほら、こっち来い。そのままじゃ冷えちまうぞ。」
「……でも、あの。」
「ほら、いいから。」
 再三の呼び掛けに千鶴がおずおずと原田の隣に潜り込む。すると原田が廻した片腕が千鶴の肩口を包み込む。その暖かさに千鶴がほぅっと一息つくと、原田が微笑んでトレイにあったマグカップを千鶴の掌に乗せる。ほんわりと優しい湯気が立つマグカップには、甘い匂いのするホットミルクが入っていた。
「落とすなよ?……寝る前だからちょっとだけな。」
「あったかいです。先生のは?」
「ああ、ほら。俺のはブランデー。」
 千鶴に渡した後、原田もマグカップを持っていた。千鶴が興味を示すとマグカップを千鶴の目線に下ろしてくれる。千鶴が覗きこむと、ツンとアルコールが鼻に染みる。一応ホットミルクの様だが、随分茶色見えるのはこの際だから目を瞑る事にする。アルコールに顔を顰めた千鶴に原田が声をあげて笑った。
「……寝る前だからちょっとだけな。」
「ちょっと、ですか?」
「ちょっとだろ?土方さんじゃあるまいし、これくらいじゃあ酔わねえよ。」
 さも、当たり前といった様子に千鶴はクスクスと小さく笑う。すこし、千鶴の思考が浮上したのを確認すると原田が千鶴を抱きしめながら耳元に囁いた。
「で?千鶴はまた、何を悩んでるんだ?」
「ひゃっ!……な、なにも。」
「そんなわけあるか。……あれか?『先生、お仕事忙しいのに来てよかったのかしら。私は先生の邪魔ばかりしているわ。どうしよう。やっぱり邪魔にならない様に我慢しなくちゃ』とか、そんな感じか?」
 まるでからかうように千鶴の口調を真似して、千鶴の考えをどんぴしゃりと言い当てた原田に千鶴は吃驚して原田を見上げて言葉も出ない。そんな千鶴に原田は苦笑すると、二人分のマグカップをサイトボードに戻すと千鶴の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「おまえ、またそんなこと考えてぐるぐる沈み込んでたのか。」
「でも、実際そうじゃないんですか?」
「違うぞ。そんなこと考えちまうくらいの浅い想いなら、こんなふうに千鶴を手に入れたりしねぇよ。」
 切なげに原田を見詰める千鶴を胸元に押し付ける様にしてぎゅっと抱き込んだ。その苦しいぐらいの抱擁に千鶴は原田の想いが伝わってくるのを感じて身を任せる。
「本当にそんなんじゃねえんだ。千鶴が来てくれるって思うから、仕事だって頑張れる。千鶴、お前がいなかったらもっと駄目な社会人だぞ、俺は。」
「え?そんなことないです。先生は立派な大人で……。」
「立派なんかじゃねえよ。お前の周りにいる男どもを見てるとイラッとして引き剥がしに行きたくなるなんて、しょっちゅうだしな。……それに、今仕事してた理由だって、聞いたらきっと呆れるぞ。」
 綴られる原田の言葉に千鶴は驚いて、原田の腕を少し押して原田を見上げる。すこしそっぽを向いた原田の顔は照れたように赤い。その様子を見て千鶴はさらに驚いた様に瞳を丸くする。なんだかちょっと原田が少年の様に見えてすこし嬉しい。いろいろ想って持て余して考えてしまうのは自分だけじゃない、と分かった気がする。
「先生、理由って?」
「あーー。それはな…………。」
 耳元でこっそりと内緒話のように告げられた言葉に千鶴はぼんと頬を赤く染めた。言い終わって原田が恥ずかしさを誤魔化す様に、寄り掛かっていたクッションをポンと放り投げると千鶴を抱き込んだまま布団に潜り込む。
『気を失ったお前をもっと抱きたくなって、仕事をして頭冷やしてた。』
 あからさまな原田の男の事情を聞かされて千鶴は驚きとともに、原田の求めについていけない自分をすこし申し訳なく思う。だけど、まだまだ成長過程の千鶴にはいろいろと難しい。際限なく求められる事への戸惑いと嬉しさから、千鶴はそっと原田の胸に手を添えると真っ赤な顔をして原田を見上げた。その表情に見え隠れする千鶴の艶を見出して、原田はうっと言葉に詰まる。
「あの……。」
「いいから、寝ろ。明日買い物行くんだろ?起きれなくなるぞ。」
「はい。」
 ふふっと笑うと千鶴は原田の胸元に擦りついて寝心地の良い場所を捜し出すと目を閉じる。そんな千鶴を原田はしっかりと寄り添う様に抱きしめる。しばらくして、千鶴の寝息が聞こえてきた時には原田も眠りの世界へと落ちていった。



end.

カルネ3無配「さみしいきもち、いとしいきもち」原田さん編です。
他2編に比べてかなり長いので、こちらに格納。
山南さん編だけ随分毛色が違っていて、原田さん編と永倉さん編は状況がほぼ一緒ですね。
でも、随分違う感じになるもんだなぁ。
これで土方さん編とか沖田君編とか書けるくらいの才能があったらよかったんですが。
もう無理。ネタが……。
ちなみに千鶴のホットミルクにはキャラメルシロップが入っているという設定。
砂糖の代わりに入れてからあっためるととても美味しい。けど甘い。
千鶴の為だけに、ココアとか蜂蜜とかシロップとかそろえてるんだよ、きっと(笑)。

2011/12/11


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