涼しい誘惑

「放課後にプールの補習?」
思わず、呟いてしまう。
暑さに参っていたのか、日誌にうっかり書いてしまった一言が、こんなふうに返ってくるなんて思いもしなかった。
夜、受信したメール。それは、内緒の恋人、原田からのメール。たった数文字のメールだったけれど、それは吃驚する内容だった。
確かに千鶴を取り巻く状況が許さない為、この学校に入ってからプールの授業を行なっていない。高校によってはプールの施設のない所もあるのでそれでも問題はないのだろう。だから、やっぱり千鶴の日誌に書いた一言が原因なのは間違いない。千鶴の小さな一言を、原田や土方が気にして色々手を回してくれたのかもしれない。余計な仕事を増やしてしまって、迷惑になっていないだろうかと不安になって千鶴は、恐る恐る「電話をしてもいいですか」と確認のメールを原田に送信した。まだ遅いといえない時間だから原田はまだ学校に居るかもしれない。
だが、少しの間で携帯が着信を知らせる。表示を見れば、それは原田の番号。
「も、もしもし!」
『おう。千鶴、どうした?』
低い柔らかい声が、受話器越しに千鶴の耳を擽る。
「あの。電話大丈夫ですか?」
『ああ。プールのことだろう?』
「はい。どういうことなんでしょうか?私の所為で先生たちにご迷惑をお掛けしているんじゃないかと思って……。」
『ああ?あれなぁ。本当は俺が週末にでもプールに連れ出そうとか土方さんと相談してたんだけどな。……うっかり近藤さんに聞かれちまって。……すまねぇな。お前にも迷惑かけちまうかも知れねぇ。』
「えっと?よくわからないんですけど。」
『…ははっ。そうだよなぁ。都合よく明日主だった教師が出席する会議があるから放課後の活動が禁止になっている日だからな、人払いが容易に出来るってんで急だが明日ってことになったんだ。悪ぃな。水着あるか?』
「はい。でも、スクール水着は中学の時のですから流石に着れないんですけど。」
去年、お千たち中学時代の友人たちとプールに行った時の水着を思い浮かべる。特別華美なものではないが、遊びに使う水着を授業に着てよいものだろうか。
『ああ、かまわねえさ。一応体力テストの一環ってことになってるが、……別に泳げねぇってもんでも無いんだろう?』
「あ、はい。セパレートなので少し泳ぎにくいかもしれませんけど。……テストなんですね。頑張ります!」
真面目な千鶴がテストという言葉を聞いて、すこし緊張した声を出すと、携帯の向こうの原田の息が揺れてくすりと笑う声がする。
『一応、だ。まぁ、俺と水遊びくらいに考えときゃいいさ。』
「えっ?先生と、ですか。」
『丁度、俺は会議に出る必要が無かったし、お前の教科担当だろうが。……嫌か?』
ずっと教師としての原田の声だったのに、千鶴の耳をくすぐる様に甘い声が携帯から漏れる。その低く響いてくる声にぞくり、と背筋に痺れが走る。……ずるい、と千鶴は思う。原田の事を嫌だなんて思う訳が無いと知っているくせに、そんなふうに聞くなんて。
「い、やじゃ、ないです。」
『そうか?そういや、千鶴の水着は初めて見るな。……楽しみにしてるぜ?』
「………っ!!」
原田の言葉に、はっと気付かされる。原田に晒していない部分なんてないけれど、それは薄暗い部屋の中だからであって、夏の明るい太陽の下で下着と変わらない恰好を原田に見られてしまうなんて……どうしよう。吃驚して言葉が出ない。携帯の向こうの原田には千鶴の驚愕が手に取るように分かるのだろう。くすくすと軽い笑い声が千鶴の耳をくすぐる。
『俺しかいねえから、大丈夫だって。』
「……先生だから、恥ずかしいんです……。」
大好きな人だから、全てを知って欲しいけれど、知って欲しくないって思うことだってある。……複雑な乙女心はなかなか伝わらないものらしい。
『なんだそりゃ?隠すもんなんてねぇだろ?』
「………っ!!それとこれは別なんです!!」


どうしよう。どうしよう。
学校でとはいえ、恋人とプールで二人きり。恥ずかしい、けれど……嬉しい。
これは天罰?それとも……。



end.

「朱夏」みゃうさまへの相互記念SSになります。
みゃうさまのSSSを拝見して、妄想大爆発しちゃいまして。
勝手に書いて無理矢理押し付けてしまいました(大汗)
どんなメールが千鶴ちゃんに届いたのかは「朱夏」さまにてご確認を。

左之さんと二人っきりでプールなんて……えっちぃ。
プールのシーンを書くとうっかりしてしまいそうなので前の日の二人のやり取りを。

2011/11/02


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