ただ、守りたくて

「女だから」じゃなく「千鶴だから」守りたいと思うようになったのはいつからだろう。
周りは男ばかり、味方も居ないそんな頓所で必死に居場所を作っていくお前を、妹のようにかまっていただけだったんだがな。千鶴のほうも兄や父親のように慕ってくれただけだろうにな。

島原で着飾ったお前の紅を直してやりながら見つめあっていた時、浪士が乗り込んでこなかったら。ただ目に焼き付けるだけで済んでいただろうか。・・・自分の中に起きていた衝動を止めることが出来ていただろうか。

お前と話すたび、お前の髪を撫でるたび、お前を後ろに戦うたび。
増していくお前への気持ちを俺はどうすることもできす溜めこんできた。
俺に新撰組で戦うことと女を愛することは両立できない。半端なことが出来ない性分もあるが、死地へと向かう男と愛し合うことは、女にとって幸せなこととは思えねぇ。
かといって俺があいつらのように新撰組という「舞台」を降りることなんて出来ねえ。そこまでの覚悟が持てないでいた。
あいつらはすげえと思う。こんな決断をしたんだ。羨ましい、そう思ってしまうほど、あいつへの想いは大きくなっていたんだろう。いつか、千鶴は俺の全部になるんだろう。そんな予感があった。

鳥羽伏見の戦いで不知火に襲われたあいつを助けられなかった時から、俺は千鶴を避けるようになった。どうにも顔を合わせることが出来なかった。
あの時、助けるどころか、庇われた上にけがまで負わせちまった。俺にはあいつを、惚れてる女を守れなかったという事実にただただ打ちのめされていた。
銃に打たれたあいつの怪我がみるみる治っていく様を、おれはただ見つめることしかできなかった。
「鬼だから」と自分を傷つけるようにつぶやく千鶴に、おれは何も言うことが出来なかった。
本当になさけねえ。俺は仲間を守るために、大切なものを守るために、戦ってきたはずだった。でも、女一人守れねえ男だったんだと思い知らされた。
・・・・そうだ。千鶴は鬼だけど、俺にとってはただの女で。守ってやりたい惚れた女なのに。

ああ、いつもそうだ。
大事なことには後になって気付く。相手を傷つけた後になって。

***


こんな俺に何度も相談をしようとしてくれた千鶴を避け続けて。
だんだん昔の怯えていたあいつに戻っていくのにも気付かず過ごしちまった。
そんな日々のある夜。

あいつが誰にも気付かれないように、ひっそりと頓所を出て行こうとしていた。
何をしているんだ?あいつが夜出かける用事があるわけがない。それに何か言いつけられたならあんなに周りをうかがうようにはしないはずだ。まるで、逃げるようじゃねえか。

そこではっと気付く。あいつは誰にも言わず出て行こうとしているのか?
千鶴はそんなに追い詰められていたのか?
山南さんがあいつに詰め寄っていたのには気付いていた。俺に何度も相談しようとしていたのもその事なんだろう。自分のことは何にも言わないあいつがあれだけ必死に俺に相談しようとしていたのに。俺は自分のことばかりで、千鶴を気遣ってやれなかった。
千鶴を一人で出て行こうとするほど追い詰めたのは、山南さんか?

・・・いや違う。俺だ。
不知火たちと同じように千鶴の傷が治っていく様を見て、俺はどんな顔をしていた?
そんな俺の顔を見て自分が鬼だからと呟くあいつはどんな思いでいたんだ?
その後、自分を避け続ける俺を見てあいつはどれだけ傷付いていたんだろうか。

あいつを止めなければ。
今、止めなければ、永遠にあいつを失ってしまうだろう。
ここに居ても、心の平安はないのかもしれない。それでもこの外の世界は、千鶴にとってもっとひでぇ世界のはずだ。・・・何より、俺がもうあいつを放してやれない。俺の中であいつは、もうそれほどの存在になっている。あれだけ避け続けておいて。なんて勝手な男だろう、俺は。


どうあれ、あの時は命を長らえた。今度こそは、あいつを守ればいい。あの時の悔しさを次に繋げる糧に変えて、あいつを俺のすべてで守ろう。

どんなことをしても、千鶴を引き留めると心に決めて、深呼吸をひとつ。


「……どうした、こんな遅くに」



end.

で、キスで引き留める左之さんへと続く。

島原の記憶から始めて、最後のセリフで閉めるのは決まっていたんですけど、あれだけ千鶴から逃げていた左之さんがどうして千鶴の前に立ち塞がったのか。というところを書いてみたくて始めたのですが!これがなかなかどうして難しくて。
おまけに構想中に黎明録やっちゃってもう、どうしようかと。

それでも書きたかったのは、千鶴が左之さんの「全部」になるまでの過程を考えてみたかったから。でしょうか?

この時点では、もうひと押しといった加減?

次こそはもうちょっとモノローグじゃないのものをアップできたらと思います。

2010/11/16


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