WEB CLAP LOG 13

確か、さっきまで山南先生の後ろ姿を見ながら勉強をしていたはずなのに。

気付くと其処は保健室のベッドの上。
ごそごそとベッドから起き上がると、白いカーテンが揺れて隙間から山南先生が顔を出した。
「起きましたか?雪村君。」
「あ、せんせい。あの、私……。」
「起きたようですね。」
「あ、あの!先生……!」
ぼんやりとした声で山南先生の呼びかけに答えると、先生はふっと微笑んでまたカーテンの向こうへといってしまった。なんだかそれが寂しくて、慌ててベッドを降りながら先生を呼ぶと、先生が優しく答えてくれる。
「……ゆっくり起きていらっしゃい。今、お茶を入れますからね。」
「はい、すみません。」
ゆったりとした声に押しとどめられて、動かない頭が動き出す様に軽く頭を振ってみる。ようやく残っていた眠気が吹き飛んで意識がはっきりとしてきた。眠ってしまって少し乱れた制服を調えて、カーテンの外へ向かった。眠る前までは暖かな西日に溢れていた保健室は、既に蛍光灯の明かりで満ちていた。窓の向こうは既に夜の闇に落ちている。
「どうぞ、お飲みなさい。」
「あ、ありがとうございます。」
ふんわりと優しい香りの紅茶がテーブルに置かれる。促されるように椅子に腰かけて、温かい紅茶を口にする。ストレートで飲めない私の為に少しだけお砂糖の入った紅茶を口にすると、こびりついた眠気の残滓も溶けてなくなっていく。
「いくら試験前でもあまり無理をしてはいけませんよ。」
「そんなに無理をしているつもりはないんですけど、……すみませんでした。」
「夕方頃は日差しが暖かかったからでしょうか?よく眠っていましたよ。……保健室で他には誰もいませんからいいですが、学園には女性が雪村君一人だということをもう少し自覚してくださいね。」
「?あ、の?」
叱りつけるふうでもなく、いつもの穏やかな口調のままの山南先生の言葉が耳に痛い。机で寝てしまったのをベッドまで運んでくださったのはきっと山南先生で、それが申し訳ないやら恥ずかしいやらで小さくなって謝罪の言葉を口にする。だけど、さらに続いた言葉に込められた迂闊な行動を諫めているらしい様子が理解できなくて、きょとんと山南先生を見つめ返す。すると山南先生は、ふう、と大げさに溜息をついて苦々しい笑みをその綺麗な顔に広げている。
「……無防備な女性に良からぬ事を考えるものがいる、という事ですよ。特に十代の男の理性は簡単に壊れてしまうものですから。原田君辺りからも言われてはいませんか?」
「はい。……でも、私こんな子供っぽいですし。皆さん、良くしてくださいますから、そんなふうに思えなくて……。」
確かに、保健体育の原田先生からもよく同じ様な事を言われている。だけど、「自覚しろ」と言われても何を自覚していいものやら良く分からない。困惑を浮かべれば、山南先生は呆れたように笑って、ふわりとその大きな掌で頭を優しく撫でてくださった。小さいからだろうか、皆さんよく頭を撫でてくださるけれど、その中のどの掌よりも何故だか心地よくて……懐かしい。だけど、きゅうっと締め付けられるみたいに胸が痛い。どうしてだろう、もっと撫でて欲しい。もっと触れて欲しい。
思わず強請る様な視線を山南先生に送ってしまえば、先生はさらに呆れたように笑った後、不意にその表情を変える。いつもの穏やかな教師としての微笑みではなくて、大人の蠱惑的な口先をキュッと上げた笑み。その瞳に欲望の色が見え隠れして、どきりと胸が鳴る。先生、急にどうされたの?初めてみる先生の男性としての表情に初めて先生を異性として意識する。くらくらと眩暈がする。怖いけれど、先生なら……。
「ほら、言っている傍から。そんなふうに簡単に気を許していると、私だって狼になってしまいますよ。」
「せ、んせい…………。」
射抜かれた様に微動だにしなくなった私に、先生はじっと私を見つめていたかと思うと、ぱっと一瞬でいつもの先生に戻ってしまう。そうして、ぽふりと掌を頭の上で弾ませると、私の金縛りを解いた。
(私ったら、一体何を考えてるの?!)
まだ胸がばくばくと音を立てている。一気に現実に引き戻されて、でもあの時心に浮かんだ感情がまだ心の中でざわついている。……私、先生の事……?
「……ほら、遅くなりましたから送っていきましょう。」
「え、あ、ああの……。」
「駄目ですよ、外は暗いですから一人では帰せません。……南雲君辺りに電話して迎えに来てもらうならいいですが……。」
「あああ、駄目です!それだけは……!」
「じゃあ、大人しく私に送られてください。」
「うっっ。……よろしくお願いします。」
戸惑ったまま私に矢継ぎ早に言葉が降って来て、あっという間に先生に送っていただく事が決定事項になっている。帰り支度を調えて、先生を振り返ると視線があってふわりと微笑まれた。どきりとまた胸が鳴る。頬も熱い。

やだ、どうしよう。私の心臓、家に着くまで持つのかしら?



end.

20120124
山南先生シリーズ4弾です(笑)。
千鶴の恋の自覚、ですね。女性としての自覚よりも先に恋に落ちた自覚?
まあ、それもありでしょうか?
山南先生に微笑まれたら、くらり、と落ちちゃうなぁ。
左之さんや土方さんとはまた違う意味で怖い人、です。


inserted by FC2 system