WEB CLAP LOG 12

さみしいきもち、いとしいきもち

「けい、すけさん……?」
ふっと眼を覚ますと、そこは白い世界だった。傍にいたはずの山南は居らず、千鶴は一人ベッドの中にいた。言いようのない不安に駆られて、ぽつりと山南の名を口にするが、返事はない。不安が現実になってしまいそうで怖くなって、千鶴は声を荒げて山南の名を呼んだ。
「敬助さん!どこ……?」
「雪村君?起きましたか。」
シャッと音を立てて、白いカーテンが開いて男が入ってくる。起き上がって真っ青な顔して取り乱す千鶴を見ると、駆け寄って千鶴をふわりと抱きしめる。そうして宥める様に背中をぽんぽんと撫でる様に叩くと千鶴の耳元で混乱した千鶴を諭す優しい声色で囁いた。
「千鶴さん。大丈夫です、私はここにいますよ。……あなたを置いて消えたりしません。」
「敬助さん……っ。」
山南の温もりで徐々に千鶴の混乱も収まってくる。するとやっと周りの状況が眼に入ってくる。そこは、学校の保健室。千鶴は体調を崩し、保健室で休んでいたのだ。真っ白な寝具とカーテンに囲まれた日常とは隔絶した白い一角。カーテンで強い光は遮られて柔らかな光で覆われた寝床。山南が傍にいると感じたのは当たり前だ。この学校の保健室の主は山南なのだから。取り乱した事が急に恥ずかしくなって千鶴は顔を真っ赤に染める。
(なんであんなに怖くなっちゃったんだろう。)
どうしてあの時山南がいなくなってしまったと思ったのだろうか?いくら考えても千鶴には分からなかった。
考え込む千鶴を見て山南は苦笑すると、千鶴をさらに現実へと引きもどす。
「雪村君。此処は学校ですから、出来れば先生と呼んでいただけるとありがたいですね。」
「あ……。」
抱きしめていた腕を解いて、ベッドの端に腰をかけると、千鶴を覗き込む。お互い名前を呼ぶのは二人きりの時だけ、と約束したのに寝ぼけてうっかり名前で呼んでしまったのだ。これを誰かに聞かれていたらと思うと千鶴はぞっとしてしまう。すっかりしょげて俯いてしまった千鶴に、山南はふっと頬を緩めると千鶴の頬をさらりと撫でると、もう一度眠る様にと千鶴の肩を押した。
「大丈夫ですよ、誰も聞いていませんから。保健室であなたが寝ているといった時点で、保健室の周りは立ち入り禁止になっていますからね。それはもう、南雲君が張り切って皆を締め出していましたよ。」
「はあ……。」
誰にも聞かれる心配が無かった事にはほっとしたが、どうしてそんな騒動になっているのかが千鶴には分からない。困惑した表情に、昔と変わらないと山南は苦笑して千鶴に眠る様に促した。
「もう少し、おやすみなさい。……よく休まないと休日のデート、中止ですよ?」
「えっ、そんな。ちゃんと寝ます!寝ますから……。」
「分かっています。でも、一番大事なのは雪村君の体調ですよ。」
「はい……。」
山南の言葉に千鶴はしぶしぶといった様子でベッドに潜り込む。


やはりまだ本調子ではないのだろう。すぐに眠りに着いた千鶴を山南は見下ろして、ふうと大きく息を吐いた。
前に生きた時代の事を後悔したことはない。何度生き直してもきっと同じ様にしか生きられない。そんな真っ直ぐで不器用な、そんな仲間たちだった。それでも、ああしてふとした折に千鶴が自分を探す姿を見ると心が痛む。自分が消えてしまった後、千鶴はどんなふうに生きたのだろう。何も覚えていない千鶴に聞くすべはない。ただ、こうして現世にまで残る深い闇を植え付けてしまった事だけは確かだ。
こうしてまた自分を見つけて飛び込んできた千鶴の為に、こんどこそ、この愛しい存在を守る為だけに生きたい、とそう願う。
幸せそうに眠る、千鶴の額にそっと口付けを落として、いつも言えない言葉を一つ。

「千鶴さん。……愛していますよ。」



end.

20111211
カルネ3の無料配布「さみしいきもち、いとしいきもち」山南さん編です。
一個前の拍手お礼SSはこの時書き損ねた新八さん編でした。
「寝起きの千鶴ちゃん」という身も蓋もないテーマでの3部作です。

いちおう拍手で展開しているさんちづシリーズみたいです。
一番気に入っているのは「千鶴さん」「敬助さん」ってお互いの呼び方です。
千鶴ちゃんをさん呼びするなら、やっぱり山南さんです!うん。


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