愛しいぬくもり

3000Hitリクエスト 璃亜乃様
お題:おきちづで甘々(ED後でも屯所時代でも可)




「あの……沖田さん?」
さっきから障子の外にあった気配がやっと部屋にいる僕に声をかけてくる。
「なあに?千鶴ちゃん。」
「……すみません。お邪魔してもよろしいですか?」
「いいよ、ほら入って?……もう何時までも声掛けてくれないから待ちくたびれちゃったよ。」
「あぅ。……お邪魔します……。」
沖田が呆れたように返事をしながら障子を開けて、恐縮したように身体を小さくした千鶴を招き入れる。気配を消すことを知らない千鶴は、部屋の前で躊躇していれば沖田に気付かれてしまうことにいまさら思い当たったようだ。
(そんなに遠慮しなくってもいいのになぁ。……ま、そこが千鶴ちゃんらしいんだけど。)
どんなに意地悪をしても沖田の傍にやってくる千鶴を手放せなくて、傍に置いている。なんとなく懐に入れた小さな恋人だったけれど、沖田なりに千鶴を大事にしているつもりだ。悪戯を仕掛けると困ったように顔を赤く染めてそれでもしょうがないですねと微笑んで傍に居てくれる千鶴が可愛くてしょうがないのだといったら、千鶴は怒るだろうか?
本来男性として過ごさなくてはいけない千鶴と恋仲となるなど許されない事だろう。それでも手放したくないと思ってしまったのだからしょうがない。色事に聡い原田からは「あんまりいじめんなよ」と苦笑されたが、見ないふりをしてくれるらしい。

「あの、沖田さん。今日は非番だとうかがったのですけれど。」
「うん。そうだよ。」
部屋に入ってきてからも、落ち着かない様子でおどおどとしていた千鶴だったがようやく口を開いた。朝餉の時に簡単にやり取りされる幹部たちの予定を聞いていたのだろう。沖田が肯定すると千鶴がすこしほっとしたように見えた。
「あの、ご迷惑でなければ……ここに居ても良いですか。」
「別に良いけど。どうせ子供たちに遊んでもらうくらいしか予定ないしね。あ、でも千鶴ちゃんも何も用がないなら、どこか出掛ける?」
「いえ!そんな!沖田さんのせっかくのお休みを使っていただくわけにはいきませんから。……お出掛けになるまでここに居させて頂ければ。」
遠慮なんてしなくていいのにと千鶴を見れば、遠慮だけでもないらしい。良く見ればすこし青白い顔色。普段なら洗濯だ掃除だとパタパタと屯所中を駆けずり回っているはずの時間。沖田が無理に誘わなければ遊んだり休んだりなど考えもしない千鶴が、自分から沖田の部屋に来るなんてよっぽどのことだろうか。ひょっとして、とふっと思い当たる。
「ふーん。じゃあ、お昼寝しようか。」
「はい。では、なにか枕の代わりになるものを……」
「ああ、いらないいらない。こっちこっち。」
沖田の提案にふわりと嬉しそうに微笑んで、お昼寝の準備にと立ち上がった千鶴の腕を沖田は、ひょいと掴んで引き寄せた。立ち上がりかけていた千鶴の身体は、ぐらりとよろけて沖田の腕の中に転げ落ちた。驚いて逃げ出そうとする千鶴を器用に抱きかかえる。近づいてよく見てみればやはり顔色が悪い。貧血気味なのか手が酷く冷たい。無意識に下腹部を庇うようにする千鶴に沖田は確信を深めた。
「ほら、暴れないの。……おなか痛いんでしょう?」
「……えっ。」
「千鶴ちゃんが自分から僕の部屋に来るなんてよっぽどの事じゃない。……寂しくなっちゃったんでしょう?だったらついでに僕の昼寝に付き合ってよ。抱き枕ほしかったんだよね〜。」
ちいさく囁くように千鶴の体調を指摘して千鶴の抵抗を止めると、その気遣いが嘘のように悪戯な調子に戻る。そのくせ千鶴の抵抗を受け流す腕は優しくて、あっという間に千鶴を抱き込んでしまう。じんわりと背中から伝わる沖田の体温が暖かくて千鶴はなんだか抵抗できなくなってしまった。沖田はすっかり上機嫌で千鶴を膝にのせたまま柱に寄りかかり、千鶴の頭に顎を載せて身体を落ち着かせている。
突然の状態に千鶴は吃驚してしまう。でもすっぽりと沖田に包まれているととても恥ずかしいけれど、ほんわりと心まで暖かくなるようで幸せな気分になる。いつだって意地悪でだけど優しくて……。だから傍に居たくてこうして来てしまった。本当は沖田の傍に居れるだけでいいからときてしまった。まさかこんなに優しくしてもらえるとは正直思っていなかった。
沖田に指摘されたとおり、千鶴は昨晩から調子を崩していた。女子の事情……所謂月の穢れ、だ。元々軽くはなかったが京に来てから徐々に重くなってきて、此処の所はかなり強い腹痛に悩まされている。それでも此処は男所帯、世話になっている身である事もあるがなにより気恥ずかしくて誰にも言えず、普段通りに雑用をこなしていた。だが、酷い顔色でふらふらしていれば聡い土方や女性への気遣いに長けた原田にはしっかりばれてしまい、雑用は全て取り上げられてしまった。
大人しく寝ていろと部屋に押し込まれてしまったが、痛みで横になっていても眠れそうにもない。うつうつとした気分で横になっていれば、考えてしまうことは暗く悪い事ばかり。もう、ずっとあっていない父様のこと。半軟禁状態な現状。
そんなとき、思いだしたのが、沖田が非番だと言っていた事だった。すこしでも沖田の傍にいる事が出来たら、きっとこんな悪いことばかりを考えてしまうことはないだろう。そう思い立って部屋を抜け出して此処まで来てしまった。
初めて会ったときから意地悪な事ばかり言う沖田が何故か気になって、背を追ううちに「恋仲」ということになっていた。こんな事いい事ではないとわかっていても、沖田の傍にいたいと思ってしまった。不意に見せる優しさと時折見える切なげで危うい表情が、千鶴を引き留める。
本当はきっと察しているんだろう。だけど何も言わずに抱きしめてくれる。きっとこうして欲しくて来てしまったんだろうな。千鶴はそう思うと、すこしだけ甘える様に沖田の胸にその身体を預けた。


すっかり安心しきった千鶴は、うとうとと眠気に誘われるまま沖田の腕の中で眠りについた。
そんな千鶴を見下ろして、沖田はそっと千鶴の髪を撫でる。本当はこうしていつだって優しくしたいけれど。捻くれて育った性格が邪魔をしてなかなか出来ない。いまだってこうやって悪戯を仕掛けて抱きしめるのが精一杯だ。そんな自分を他のものが知ったら、驚くだろうか、それとも呆れるだろうか?
いつも遠慮ばかりで沖田が強引に誘わなければ部屋に遊びに来る事のない千鶴が、自分から来てくれた。辛い時に頼ってくれた事が嬉しくてたまらない。油断すると緩みそうになる顔を引き締めて、投げてあった単衣を引きよせて千鶴の身体にかけてやる。
でも、と沖田は考え込んだ。月の穢れが辛い人もいるらしいというのは聞いた事があった。でも、そういう時にどうするべきかなんて知るわけもない。今まで大切なのは近藤と剣術だけで、その他は内弟子時代の家事くらいしか知識なんて無い。
(山崎君なら何か知ってるかな?それとも女子のことだから左之さんかな?)
そんなふうに考えていると、不意に足音が近づいてきて声が掛かると同時に障子が開いた。
「おい、総司。お前暇なら……って、こっちに来てたか。」
不作法を責めるよりも、千鶴が起きてしまうことを心配した沖田が、口元に手を当てて静かにする様に指示すると障子を開けた男−−−土方が声を顰めた。恋仲になっている事は土方には言っていなかったが、沖田はそれを隠すでもなく、そのまま千鶴を抱きしめている。そんな様子に土方も驚いた様子も無く、何故か安堵のため息を吐いている。
「なんです?土方さん。今日は僕非番ですよ。あと、まだ何もしてませんよ。」
「まだってなぁ。お前……。ちげえよ。非番なら千鶴についててやれって言いに来たんだが、こっちに来てたか。」
沖田の腕の中で眠る千鶴を見て、土方の表情が和らいだ。なんだかんだと冷たい事を言ってはいるが、基本的には情の深い土方の事だ。体調の悪い千鶴を心配していたのだろう。そんな様子に沖田は、ふうと大きく息を吐くと静かに問うた。
「……やっぱり、気付いてたんですね。」
「それは、どっちだ?千鶴の体調の事か?……お前らの関係か?」
「どっちも、ですけど。どちらかというと後者ですかね。」
悪びれもせず沖田が答えると、土方が疲れた表情で空を仰ぐ。
「お前が他人に興味持つなんてな。……近藤さんあたりは知ったら怒るどころか大喜びで縁談まとめるぞ。それに、千鶴は何を思ったのかお前がいいってんだからな。」
そっと沖田たちに近づくと、そっと千鶴の額に張り付いた前髪を掻き分ける。その様子に沖田がむっとすると土方がふっと唇に笑みを浮かべて俯いた。
「お前がそんな顔するようになるなんてな。……あんまりばれねえようにしとけ。今はそれで見逃してやるさ。」
更にむっとしてそっぽを向いた沖田にさらに笑みが深まった。もう一度千鶴の様子を覗き込んでから、土方は畳に置いた盆に載っている湯呑みを差して立ち上がる。
「なんです、それ。」
「痛みを和らげる薬湯だとよ。前回つらそうだったからって原田が用意してたらしい。」
「は?左之さんが?」
「あいつ、すっかり千鶴の兄貴気取りだからな。起きたら飲ませてやれ。それで腹温めてりゃ大分ましになるはずだ。」
組長自ら薬屋で薬を買って、それを副長が届けに来る。千鶴が女であることを知られてはいけないとはいえ、それだけ千鶴と幹部の間に、情が通っている−−−絆されたということか。きっと千鶴の不調を知った他のものもそのうち見舞いだなんだと駆け付けるんだろう。
土方は、その様子を思い浮かべながら苦笑して沖田の部屋を静かに出ていく。だが、出て行きかけてふっと立ち止まると小さく呟いた。
「……月の穢れが重くなるのは気苦労が一番の原因だからな。守ってやれよ。」
沖田の返事は求めていなかったのだろう。土方はそのまま障子を閉めると去っていった。
「気苦労……。」
沖田は、ぽつりと呟いて腕の中でこんこんと眠る千鶴を見下ろした。こんな小さな身体にどれだけの負担が掛かっているのだろう。いつも遠慮ばかりで控え目な千鶴だ。もっと甘えてくれればいいのにと思うけれど、自分から甘えてしまうことすら、今の千鶴には負担になるのかもしれない。

それならば、と沖田は思う。
これからは自分が、千鶴が自然に甘えられるように努力をしてみよう、と。

きっと悪戯を仕掛ける様に抱きしめたならきっと、しょうがないですねって笑って甘えてくれるだろうから。



end.


お題「薄 桜 鬼で拾のお題」より
9.愛しい温もり

大変遅くなりましたが、3000Hitのリクエストです。
璃亜乃様、ちゃんと甘々になっているでしょうか(滝汗)。

頓所時代で甘々、捏造になっちゃいましたが、どうでしょうか。

月経ネタになったのは、丁度考えていた時に私が苦しんでいたからです(笑)。
男所帯に女一人で、お風呂と月経痛ネタは鉄板かな、と。
総ちゃんはうっすら知ってるし、察しがいいから気付くだろうけど、知識がなさそうなので土方さんに登場していただきました。

江戸時代に月経を何て呼んでいたのか調べたのですけど、結局よくわかりませんでした。ただ穢れだとされていたので、「穢れ」とか「障り」とかいうふうにぼかしていたらしい?です。あと月になぞらえるのも昔からあったようです。なので、今回は「月の穢れ」としてみました。

2011/08/28


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