不意打ちみたいに絡んだ視線

巡察から帰った沖田が縁側を通りかかると、千鶴が縁側でため息をついていた。いいおもちゃがある、といったいじめっこの表情を浮かべるとすっと気配を消して千鶴に近づいた。
「千鶴ちゃん、なにしてんの?」
「ぎゃ!・・・沖田さん、お、お帰りなさいませ・・・。」
「『ぎゃ』ってさ・・・。一応女の子なんでしょ、い・ち・お・う。その反応はどうかと思うよ。それにそんなに脅えられると傷つくなー。」
叫び声をあげて飛び上がった千鶴が、沖田の姿を見て後ずさる身体をなんとか押しとどめて挨拶をするのを見て、沖田は満面の笑顔で千鶴を覗き込んでいる。
「・・・はぁ。それはすみません。」
まったく傷ついた様に聞こえないのは何故だろう。でも、ここで反論をしても無駄なのは千鶴も学んだのでこちらも気のない謝罪を口にする。でも、沖田は千鶴の謝罪などまったく聞いていないようで、自分の興味を優先させる。
「で、どうしたの?溜息なんてついちゃってさ。」
「あっ。・・・そうなんです。近藤さんからお菓子をいただいたんですけれど。」
「うん?それが何で溜息になるのさ。」
近藤からお菓子をもらったと聞いた瞬間、沖田の表情が不機嫌になる。しかも、それが溜息の原因だというのだ。近藤を尊敬してやまない沖田からすれば、とんでもないことだ。
「ちがうんです。いただいたのは嬉しんです。一緒にお茶もいただきましたし。」
「・・・ふーん。僕は?呼んでくれなかったんだ。」
沖田のびりっとした不機嫌は、拗ねたような不機嫌さに変わる。いつも局長として忙しい近藤の邪魔をしてはいけないと我慢をしているのだ。それが千鶴とはお茶を飲んでいたなんて。
「あああ、あの。沖田さんの事は探したんですよ?でも、ちょうど巡察中で・・・。」
千鶴が慌てて言葉を重ねるが、沖田はすっぱりと切って捨てる。理由なんて分かっている。ただのやっかみなのだから。
「言い訳はいいよ。で、その嬉しいお菓子がなんで溜息につながるのさ。」
沖田が先を促すと、ああ、と千鶴は手を打って今度こそ事情を話しはじめる。手に持った包みを沖田に見せながら。
「こんなにいただいてしまったんです。出来たてがおいしいそうで日持ちもしないそうなんです。今日中に食べてくれといただいたんですけど、まだ、どなたも帰っていらっしゃらなくて・・・・。」
見せられた包みは確かに大きい。少し開いた形跡があるのは、近藤とお茶の時に食べたのだろう。
千鶴としては、本当に困っていたのだ。千鶴の小さな身体ではそんなに多くは食べられない。かといって、せっかくいただいたお菓子を無駄にする事は出来ない。そこで頼ろうとした幹部たち(特に平助や永倉だろう)は、なかなか姿を見せてくれない。幹部たちが居なければ、平隊士たちと接触できない千鶴には配ることすら出来ない。こういうときに頼りになる井上も今日は土方の使いで一日不在だ。
「ふうん。そういうわけか。確かに近藤さんのせっかく買ってきたお菓子を無駄にするなんて、大罪だよね。」
「そうなんです。食べ物を無駄にするなんて、いけない事ですから。」
噛み合っているようで噛み合っていない会話をしながら、沖田が思案げな顔をする。沖田は甘いものは好きだが少食だ。かといって平助や永倉などの味の違いもわからなそうな者たちに食べさせるのももったいない。
千鶴は、珍しくからかうのではなく、悩みを解決するために思案しているらしい沖田の答えをじっと待つ。
「そうだ、うん。行くよ、千鶴ちゃん。」
「は?お、沖田さん!どこへですか。」
しばらく考えていた沖田は、千鶴の手を掴むとそのまま歩きはじめる。何の説明もないまま、千鶴は引き摺られる様にして連れていかれる。どうも、外に向かっているらしい。草履をきちんと履く間もない。
「あああ、あの!沖田さん、私勝手に頓所から出ちゃ駄目ですよね?」
「僕が一緒なんだからいいの。一人でどこか行ったら、斬っちゃうけどね。」
思いつきで動いているだろう沖田が千鶴を連れ出す許可を取っているはずもない。一度、許可を取りに戻らねばと沖田に提案するが、一蹴されてしまう。
千鶴は、それからも何度か沖田に抗おうとするが、沖田に通用するわけもなく。結局、抱えたお菓子を落とさない様に必死に沖田について行く事になった。


***


「ちっちゃいお兄ちゃん。ありがとう。」
「今度はもっとしっかりあそんでくれよなー。」
子供たちが、千鶴に向かって思い思いの言葉を掛けて帰っていく。そろそろ夕餉の時間だ。
そう、沖田が千鶴を連れてきた先は、壬生寺。沖田とよく遊んでいる子供たちと一緒に近藤にもらったお菓子を食べ、せがまれて千鶴も一緒に遊んだ。ここの所、体調の良くない沖田はその様子を笑いながら見ているだけだったが。
子供たちの体力に日頃あまり外に出ない千鶴が敵う筈もなく、千鶴はへとへとだったがその表情は明るい。
「沖田さん、ありがとうございました。」
曇りのない満面の笑顔が沖田に向いている。そんな千鶴に沖田はすこし目を瞠る。そういえば、見かけるとからかってばかりいるのでこんな笑顔を見た事がないかもしれない。いつも引き攣った表情ばかり見ている気がする。
「ふーん、君、そんなふうにも笑えるんだ。」
「は?」
不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。この笑顔を他のものは既に知ってるのだろうか。そう考えて日頃の皆の様子を思い出す。・・・知っているだろう。平助や原田がよく千鶴に土産を買ってきては一緒に過ごしているし、齋藤や土方も千鶴の様子を気にしてはなにかと声を掛けている。からかってばかりの沖田だけが見たことが無かったのだろう。
(でも、そうすると千鶴ちゃんの引きつった表情は僕だけが見ているのかな?)
自分だけ。そう思うと結構いいかもしれない、と沖田は思う。やっぱりこれからも千鶴をからかうのは止められないなと思う。それでも、あの晴れやかな笑顔もたまに見てみたい、と思うのはどうしてだろう。その笑顔の理由が自分の所為ならもっといい。

「・・・沖田さん?」
千鶴は、良くわからないことを言ったきり黙り込んでしまった沖田に声を掛ける。余程深く考えているのか、反応がない。子供たちと遊んですっかり機嫌が良くなったと思っていたのに、また何か機嫌を損ねてしまったのだろうか?からかわれてばかりの千鶴は、どうしても悪い方向へと考えてしまうのか、不安な表情を浮かべてもう一度声を掛ける。
「・・・沖田さん?大丈夫ですか?」
「うん?ああ、大丈夫。何も無いよ。」
千鶴に覗き込まれるように声を掛けられて、沖田が我に返る。その目の前には、いつもの逃げ腰な千鶴の引き攣ったような顔。
(・・・やっぱり、こっちのほうがいいな。今は。)
千鶴にとっては迷惑だろうが、それでもなんだかんだと沖田を気にしてくれる千鶴だから。・・・たまにはやさしくしてあげようかな、と沖田は心の隅に書き留める。
「そろそろ、帰ろうか。」
「はい。」
沖田が千鶴を引き摺ってきた道を、二人並んで屯所に帰っていった。



end.


お題「恋人になるまでの10ステップ」より
03:不意打ちみたいに絡んだ視線

視線というか笑顔でしたね
最初左之さんで考えたんですけど、もうお菓子ネタ書いてしまってたので
沖田君ならどうするかなと考えた結果です

きっとこの後、土方さんに怒られて
平助に恨まれるんだろうな
「総司ばっかりずりぃぜ!」とか?

2011/01/20


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