大切な話をしよう

最近、千鶴がおかしい、とおもう。

雪村の地で二人でゆっくりと暮らしを整えてきた。奥羽の清浄な水と空気のおかげで発作も無くなり、二人とも朝起きて夜眠る生活を送れるようになった。
村に残った家に手を入れて、京にいた時の俸禄の残り、千鶴を気にかけてくれる京の千姫の援助もあって日々を暮らしている。
庭を耕し、野菜を育てて。山で薬草を摘んで薬にする。最近ではそういったこともできる余裕が出来てきた。


無理矢理昼寝に誘わない限り、千鶴はいつでもくるくると忙しそうに家事をしている。
もっと、僕をかまってくれてもいいと思うんだけど。

そんな千鶴がここ数日、ぼぅっとしていることが増えた。
何を悩んでいるんだろう。熱ぽっい顔をしている時もあるみたいだ。
そろそろ、無理にでも聞き出さないと。

なにより、どんなにまとわりついて家事を邪魔してもぼんやりしている千鶴では、困る。
わがまま言って、困らせて、・・・・困ったような怒ったような千鶴が僕の生きがいなのに。


***

今日こそは、聞き出そう。そう決めた夜のこと。

「総司さん、あの」
夕餉の後。縁側で夜空を見ながら、杯を傾けていると片付けを終えた千鶴が声をかけてくる。
随分遠くから声がする。なんで近くに来てくれないんだろう。
振り向く僕を待たずに届いたつづく言葉は、想像もしていない言葉だった。
「子供が出来ました。」

・・・・・・子供?
思いもかけなかった言葉に思考が固まる。

緊張した面持ちの千鶴から表情が引いていく。一瞬俯いた千鶴の顔は、顔を上げた時には何もなかったように微笑んでいる。けれど、感情が見えない。能面のようで、胸に突き刺さる。

「そろそろお湯の準備をしてきます。お湯で温まってからお休みしましょう?」
そういうと、僕の返事を待たずに千鶴はいってしまった。


子供?
僕と千鶴の?

少し冷静さを取り戻した僕に、千鶴の言葉がようやく響く。
心当たりなら、大いにある。二人だけで婚姻を結んでから、そういうことに淡泊だった僕はどこにいったんだろうを自分でも思うくらいに、大いにある。

いろいろなものを千鶴に残していきたいといつも考えている。いつまでも千鶴のそばに居たいけれど、いつか別れる時がやってくる。心や思い出、言葉・・・。いろいろ考えて実際に行動してきたけれど、「子供」を考えたことはなかった。いいや、考えないようにしていたんだ。

でも、情を交わせば子供が出来る。あまりにも当たり前な現実に打ちのめされた。

だって、そうだろう?
遠くない未来、僕は千鶴を置いて逝ってしまう。そんな僕が子供を残していいわけがない。母親一人で子供を育てることがどんなに大変なことか、僕は知っているから。そんな分かりきっている苦労を千鶴に残したくはなかった。ただでさえ、僕は千鶴に大きな消えない傷を残して逝くんだ。
きっと千鶴は許してくれるんだろう。僕の生きた証を守っていってくれるんだろう。

それでも、僕は怖いんだ。
父親のない子供が、どんなに大変かを知っているから。
羅刹の毒も子供にどう作用するかわからない。


そこまで考えて、ふと思う。

千鶴も同じことを考えていないだろうか?

羅刹の毒と鬼の血脈。
「鬼である」ということは、いつも千鶴を苦しめている。
風間に狙われ、体質の露呈に怯え。
父母と一族を滅ぼされ、養父と兄も鬼であることで身を滅ぼした。

普通の人間の夫婦だったら。同じ同胞の夫婦だったら。
子供は喜ばしいものだろう。
でも二人には喜べないことばかりだ。

  羅刹であるということ。
    鬼であるということ。
  父親の居ない苦労を知っていること。
    母親のいない苦労を知っていること。

なんてバカなんだろう。
千鶴だって同じように考えているはずだ。

・・・うれしいけれど、怖い。

千鶴は自分を責めているはずだ。
子供が出来たのは、千鶴の所為じゃないって言うのに。


近藤さんは、いつでも大らかに僕を受け止めてくれた。
土方さんは、いつでも呆れながら僕を叱ってくれた。

千鶴は違う。
気持ちを伝えあって、二人で生きていくと決めたのに。
千鶴が僕を理解して許してくれるように、
僕は千鶴を理解して支えていかなくてはいけないんだ。
僕が傍に居れなくなっても、千鶴がちゃんと生きていけるように。


***

ちゃんと話をしなくちゃ。

未来を考えると怖いけれど。
無事に産まれてくるかも生きてくれるかもわからない命。
ひょっとしたら千鶴を僕から奪ってしまうかもしれない。
生まれる時まで僕がここに居られないかもしれない。

君を傷つけるかもしれない。僕を傷つけるかもしれない。

それでも、僕と千鶴の生きた証を残して逝けるのはうれしいんだ。

きっと、ちょっと転がしたってへこたれない強い子だよ。
男の子がいいな。君を守ってくれるような強い子に僕が育てるよ。

・・・いつか僕が君を置いて逝ってしまうとき、君を支えてくれるだろうから。



まずは、泣いている千鶴を抱きしめて。
「ありがとう」と囁いて。それから。



大切な話をしよう。



end.

意外と長くなってびっくり
ノートに書きなぐっていたものを清書してみました
いちおう、各キャラで子供が出来たら・・・というのを書いてみたい
左之さんのは公式であるので書きませんが
各キャラ、背負ってきたものが違うのでみんな違う反応をするだろうなと
考えてみた結果出来たものです

なぜ総ちゃんからかというと
うちの亡父が総ちゃんと同じように小さい頃父親を亡くして
面倒を見れないという理由で余所に預けられて育った人だったから、です
自分もその父を高校生の時に亡くしました
私は父親が大好きでしたが、甘えるとちょっとどうしていいかわからないように笑う父が少し切なかったのを覚えています
で、総ちゃんの葛藤を書いてみました
ああ、自分の文章力のなさが悔しい

2010/10/26


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