3000Hitリクエスト ひなた様
お題:土千ED後でご懐妊ネタ





手放せない

やっぱり、と思った。
もう2ヶ月、月の障りが来ない。これはやっぱりこの間の予感は、当たっていたのだろう。

(……歳三さんは、どう思うかしら。)

ふんわりとしていた予感がしっかりとした実感になって。我ながら呆れるようなことをいちいち悩んでいるような気がする。
まず、産婆さんに確認に行ったほうがいいのか。先に歳三さんに言ってからのほうがいいのか。……でもこれが勘違いだったら歳三さんをがっかりさせるかもしれない。

考えてみると、こんな悩みをもてるなんてあの頃は思いもしなかった。
ここを終の棲家と決めるまでは、あの人の背中を追うだけで精一杯で、あの人の隣にたつことが出来る今が夢のように感じる。
まだまだ世間知らずでどうしようもなく子供だった頃から、ずっとあの人の背中を追ってきた。手を伸ばしても届かなかった背中が、今はすぐ手を伸ばせば届く所にある。
そんな幸せな日々を今は送っている。そこに飛び込んできた、このお腹の中に宿った命。

死に場所を見つけ出したあの人をこの世に引き止めたのは、正しかったのだろうか。心のどこかでいつも考える。ただ、失いたくなくて、武士としての生を全うする機会を奪った私をあの人は一言も責めもせずに、こうして今傍においてくださっている。それだけで満足だったはずなのに、穏やかな幸せな日々で私は欲張りになってしまった。もっとあの人の傍に居たい。もっといろんなことを一緒にしたい。………この子を一緒に育てたい。

歳三さんは、意外と細かい所を気にして悩む人だから。
やっぱりあの人には、きちんと確認してから告げることにしよう。


***


急に千鶴が一人で里に下りてくると言い出した。
危ないから一緒に行くというと、なんだかんだと理由をつけて一人がいいのだ、大丈夫だと言い張って。だが、やはりまだ雪が残る時期だからと、無理矢理一緒に里に下りた。
里に下りたら別行動で、と言い張って折れない千鶴に根負けして、里に入った所で別行動を取る。
もともと数日後には買出しに降りる必要があった。千鶴にはなにか用があるようだったからその買い物を引き受けて市を物色していると、方々から声がかかる。
「よ、色男。今日は嫁さんは一緒じゃねえのか?」
「ああ、なんか用があるんだとかなんとか。」
「まあ、いつだってべったりべたべた一緒なんだ。たまにはいいんじゃねぇか?」
「べたべたって……。いいじゃねぇか、出来るだけ一緒にいてやりてえんだ。それに、危ねぇじゃねえか。……うちのは無自覚でいけねぇ。」
「けっ。お熱いこって。」
千鶴と一緒でない事を、通りがかった小間物屋の主人がからかうように声をかけてくる。軽口にのろけとも取れる言葉を返せば、主人は肩を竦めて呆れはてた声を上げて、だが、商売は忘れずに最近仕入れたという物を勧めてくる。それを適当にあしらって、目的の物を探す為に市を進んでいく。
山の麓の集落の市。何度か足を運ぶうちに、最初は突然現れた若い夫婦を遠巻きに見ていた人々も徐々に話しかけてくるようになっていき、今ではこれくらいの軽口は当たり前のことになってきた。新政府の目を避けるように暮らしているとはいえ、死んだことになっている身だ。簡単に追っ手がかかることもないだろう。人が暮らしていく以上どうしたって人との関わりは生まれてくる。必要以上にそれを避けては暮らせない。無駄にびくびくと暮らすより、堂々としていたほうが怪しまれずに済むものだ。
さすがに土方の名前を出せばいろいろ面倒だろうと千鶴の姓を名乗り、訳ありげに微笑んで見せれば、結構な美男美女の組み合わせだ。勝手に駆け落ちだろうと推論を立てて、それ以上追求されることもない。
むしろ、身寄りのないだろう二人を心配して、麓に下りてくればどうだと誘ってくれるほどになっていた。
「あれ、雪村の旦那、今日は一人だね。」
「ああ、……なんつーか、みんなそればっかだな。」
通りがかった馴染みの味噌屋の女主人から掛かった声にうんざりといった様子で答えれば、豪快な笑い声とともにバシバシと肩を叩かれる。
「こっちが呆れるほどべたべた一緒だかんねぇ、あんたら。……でもまあ、今日はしょうがないんじゃないの。」
「は?千鶴の用事、知ってるのか?」
「へ?……ああ!そういうことなのかねぇ。私は知らないねぇ。」
まるで千鶴が自分を遠ざけて済まそうとする用事を知っているかのような言葉に驚くと、女主人はまさか俺が知らないとは思わなかったようで、此方も驚いた表情をしていたが、何か思いついたようでポンと手を鳴らし一人納得してから、俺には知らないと返事をよこす。その不審な態度に、鬼といわれた頃のように眉間にしわを寄せて女主人を見据える。
「……その返事で俺が信じるとでも?」
「知らないったら知らないよ。……どうせすぐにわかる事だよ。どーんと構えてまってりゃ大丈夫さ。」
不逞浪士を震え上がらせた睨みも、女一人で店を切り盛りする女主人にはこれっぽちも効きはしなかった。大丈夫だと豪快に笑う女主人の言葉に、肝の据わった女には叶わないと肩を竦めて降参する。
そのまま、味噌を購入して店を離れた。


傷が癒えてからこの山に身を寄せて、やっと夫婦と呼べる関係になった。
小姓としての肝は据わっていたが、男女の仲にはうとい千鶴は、ただただ俺の傍に居ることを喜び尽くしてくれていた。傷が癒えるまでの病床で、先の短い俺が千鶴を縛っていいのだろうかずっと考えていた。この期に及んでそんな風に悩む自分に呆れた。仙台での別れの後、あれほど後悔したってのに。
結局出た結論は、これから先の人生を全て千鶴の為だけに使うということだった。
俺に赦された残りの時間がどれくらいあるのかわからない。近い将来、千鶴を泣かせてしまうのだろう。それでも。
こんな馬鹿な男を最後まで追いかけてきた千鶴を、今の俺の精一杯で包んで「女の幸せ」って奴を抱えきれないほど渡してやりたいとおもう。
夫婦に、と告げた瞬間にぼろぼろと泣き出したあいつをそっと抱き寄せて、二人だけで杯を交わして夫婦になった。
五稜郭にいたときも思っていたが、蝦夷の冬は厳しい。里に下りろという市で知り合った人たちの言葉に礼を言いつつ、一冬、山の中で二人きりどうにか過ごしてきた。それなりに大変ではあったが、静かに過ぎていく日々が今まで戦に明け暮れた二人をそっと癒してくれたように思う。
だが、その冬もようやく落ち着いてまだ雪は多く残っているが、家から出られないというほどでもなくこうして里に下りてくることも出来るようになった。もうしばらくすれば雪も解け始めて春が来るのだろう。
そんな冬から春への変化を真っ先に喜びそうな千鶴が、すこし前からぼんやりしていることが増えて、体調が優れない様に見える時もあった。慣れない雪に疲れでも出たのかそれともどこか悪いのかと聞いても、大丈夫だと答えるばかり。だが、状態は悪くなるばかりのようだった。妙に頑固な所のある千鶴に問いを重ねても、無駄だろうと思い、これ以上酷くなるなら無理でも里に連れて行こうと思っていた所だった。
そうして今日の態度に、味噌屋の女主人の言葉。これがどうつながるというのだろう。
……もしかして何か悪い病でも?

ふっと頭をよぎった思いに、どきりと胸が鳴る。
自分が先に逝くという想像はいくらでもしてきたが、まさか千鶴に何かあると考えたことはなかった。軽い怪我ならすぐに治り、病も余程でなければ身を蝕むことのない千鶴の身体に慣れきって過信していたのは千鶴自身だけではなかったようだ。
何故千鶴に言われるままに、一人にしてしまったのだろう。
どうして千鶴の体調の悪さを、放っておいてしまったのだろう。
もし何かあったなら。それを一人で抱え込んで悩んでいるかもしれない。そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡る。一度そんな考えに捕らわれると、もう駄目だ。千鶴はいったい何処にいる?

そう思って駆け出そうとした瞬間だった。

「歳三さん?」

はっと顔を上げると、すこし離れた路地に千鶴が立っていた。なにか嬉しいことでもあったのだろうか、ふんわりと頬を朱と笑みで染めて俺を見つめている。
「千鶴!!」
「わっ、と、としぞうさん?く、くるしいです。」
「おあっ。悪い。大丈夫か?どっか痛めてないか?」
「大丈夫です。もう、どうしたんですか。急に……。」
千鶴だと気づいたとたんに俺は慌てて駆け寄って千鶴を抱きしめる。ちゃんと千鶴がそこにいると実感してすこしだけ胸を撫で下ろす。だが、千鶴はいきなり人前で抱きしめられたことに驚いたのか、頬を染めてすこし怒ったようにしている。
「いや、何でも……なんでもなくねぇな。千鶴、なにか俺に隠していることはないか?」
「は?」
「ここの所、ずっと様子がおかしかっただろ。味噌屋の主人もなんか変な事言ってたし。……お前が一人で何か苦しんでるんじゃねえかと思ったら、な。」
「……えっと、苦しんではいませんよ。」
絶対に隠しているだろうと、言外に含めて千鶴を抱いた腕を緩めつつ問いかけると、ちょっと視線を彷徨わせながら千鶴がとりあえず、といった様子で答える。相変わらず隠し事は苦手なようだ。
「なんだよ、その間は。」
「ちゃんと確認してからお伝えしたいって思ったので。……ご心配かけてしまいましたか?」
「……いや、大丈夫だ。」
俺が生死を彷徨っている間、きっと千鶴はこんな不安に毎日耐えていたのだろうかと考えると俺の一瞬の心配なんてたいした事がないと思う。……いや、今でも千鶴は耐えているのかもしれない。いつ消えてしまうか分からない夫を持って、心のどこかで不安を持っているはずだ。
一瞬曇った表情を千鶴に悟られないうちにかき消して、その「伝えたい」こととやらを聞きだすことにした。
「で?その確認したことってのは何だ?一人で里に下りてまで確認したい事って……。」
「あ、そ、それは、ですね。」
まだ腕の中にいる千鶴の肩がびくりと震える。俺の腕の中から抜け出そうと身動く千鶴をそっと解放すると、千鶴はふうっと深呼吸をしてから、きゅっと掌を硬く握り締めた。その掌が、すこし震えているように、見えた。
「歳三さん。」
「……おう、なんだ。」
緊張しているのだろう、すこし硬い表情で千鶴が俺を見上げる。そんな千鶴の緊張がすこしでも和らぐようにと出来る限り優しく相槌を打つ。……そして、次に千鶴の口から発せられた言葉に、思わず息を呑んだ。
「ややを……子供を授かりました。」
「子供?本当か?」
「はい、今日産婆さんの所に確認に行ってきました。」
「そうか……。」
「……たとえ、一人でも生みますから。皆さんのように志を持った子に育てて見せますから……。」
ぎゅっと握った掌が、爪で傷ついてしまいそうなほど硬く握られる。それでも俺を見上げたまま、強い眼差しで千鶴が言葉を重ねる。……俺が嫌だというと思ってるのだろうか。ああ、違うか。俺が自分の逝った後を気にするように、千鶴も逝く俺の気持ちを気にしてくれているのか。
強い女だと思う。だからこそ、惹かれたのだ。手放せないと初めて思った女、だ。
必死に言い募る千鶴をもう一度引き寄せて抱きしめた。そのぬくもりの中に新しい命がある。まだ実感はわかない。でも、確かに存在するのだろう命ごと千鶴をぎゅっとわが身に引き寄せる。そして、そっと呟いた。
「……でかした。」
「……え?」
「でかした、って言ったんだ。……お前に苦労ばかりかけちまうかも知れねぇが、それでも生んでくれ。俺とお前の子を。」
「……はい……はい!!」
千鶴は、俺の言葉に抵抗を止めて息を呑む。そんな千鶴に今度はしっかりと伝わるように労いと俺の願いを口にする。千鶴は堰を切ったようにぼろぼろと涙を流して俺の胸の中で頷いている。
千鶴に俺という存在を刻むことを躊躇した頃もあったが、今はもう、こうして俺という存在の生きた証が残ることに迷いはしない。


ああ、俺が親になるのか。
そう思うと、不意に近藤さんに、皆に会いたくなった。
でも、まだだ。もう少し、もう少しだけ。この世に残っていいだろうか。
千鶴と生まれる子を見守ったら、そっちに逝くからよ。わりいな。もうちっとまっててくれ。
空に広がる浅葱にそう呟くと、もう一度千鶴をしっかりと抱きしめた。



end.


お題「薄 桜 鬼で拾のお題」より
8.手放せない

大変遅くなりましたが、11000Hitのリクエストです。
ひなた様、こんな感じになりましたが、大丈夫でしょうか。
リクエストを頂いて数カ月、大変お待たせいたしました。久しぶりの土方さんなものでドッキドキです。

懐妊ネタです。安定期を越えたこの夫婦は以前に書いた記憶がありますが、懐妊判明直後ってのは沖田君ご夫婦以来ですね。あの話を書きたくて、筆をとってからもうすぐ2年になります。よく続いているなぁと我ながら思います。

千鶴視点だけでいこうと思いましたが、どちらかというと土方さんの方が悩んでそうな感じがしたので土方さん視点となりました。

このリクエストは5月母の日に頂きました。
私事ですが、弟夫婦から子供が出来たと連絡が来たこの日、PC立ち上げて届いていたリクエストのメールを開いた瞬間、あまりにタイムリーなお題にびっくりしました。
でもいつか書いてみたいと考えていた部分ではあります。お題としていただいて向き合えて良かったかなと思います。

2012/09/05


inserted by FC2 system