躊躇いの桜

何を躊躇っているのだろう。俺らしくもねえ。

俺を取り巻く世界は随分と簡単なものになってしまった。死んだことになってしまったから、昔なじみとの連絡も取れない。姉貴は嘆くだろうが、こういう結果になってしまった以上、死んだと思ってもらったままの方がいいと俺は思っている。

俺の手に残ったものは、千鶴だけだった。それでもう十分だろう。今の俺には過ぎるくらいだ。すこし人里離れた家にひっそりと千鶴と過ごす日々。なんて穏やかで幸せな日々なのだろう。
最初のうちは、傷ついた身体を癒すことに専念していた為、深く考えず二人で暮らしてきた。だが、傷も癒えてしまうととある事実に気付いてしまった。
・・・そう。ただ、暮らしているだけ、なのだ。
新選組のためとはいえ、幼かった千鶴を男所帯に留め置き、さらには戦場を連れ出した。幸せにしたいと突き放しておきながら、追ってきた千鶴に俺はたった一言の想いとたった一つの口付けを返しただけで縛り付けたままだ。
ただ、千鶴は俺のそばにいる。毎朝、息を詰めるように俺の目覚めを確認して泣きそうな笑顔を浮かべている。・・・そんなふうな顔を見たいわけじゃない。残ったこの命の全てを千鶴のためだけに使うと決めたはずなのに肝心の千鶴にその気持ちを伝えていなかったのだ。
何を躊躇って、気づかない振りなんてしているんだ?俺は。

血に塗れたこの手で、どこまで千鶴を幸せに出来るのか分からない。
残り少ないこの命で、どれだけ千鶴のそばにいてやれるか分からない。

だからこそ、こんなふうに悩んでいる場合じゃねえってのにな。

千鶴が俺に全てを与えてくれたように、俺も残された全てを千鶴に捧げよう。

(まずはどうやって切り出すか、だな)



end.

「春の月に願うこと」の前っぽいですが、どうなんでしょう?
意外とタイミングを失ってこんなことになってそうな気がするんですよ。
がーっと勢いでいってしまうには、重傷を負っていますからねぇ。
治るまでは、千鶴ちゃんも流されてはくれなさそうだし。
押しには弱いけど、医療方面では絶対折れてくれないのが千鶴ちゃんですから。

リハビリ中なので、超短編。申し訳ないです。

2011/04/01


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