いつか出逢うあなたの為に

「……っっ!!」
はっと飛び起きる。そこはいつもと変わらない自宅の寝室。まだ、窓の外は薄暗い。夜が明けて間もないようだ。時計に目をやり、起き出すには早い時間を確認すると、もう一度ベッドに身を投げ出す。もう一度寝てしまうことは出来なそうだが、目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずだ。

見ていたのは、昔から見ていた夢だ。少し昔、近代化前のこの国で仲間と駆け抜けた物語。歴史好きだった両親が、歴史上の人物と同じ名前をつけ、寝物語にその人物の話を聞かせたから見る夢だとばかり思ってきた。だが、成長してから歴史小説を読み漁った時に感じた違和感。
これは、ただの夢なのか。それとも、前世といわれるものなのか。そんな非現実的な、と思いつつも繰り返し見る夢の中に、歴史から隠された暗部を見る度に現実味を帯びる夢の中の記憶。徐々にはっきりとした記憶が戻ってくる度に増える違和感。

「千鶴……さん。」

山南敬介という人物が、歴史上死んだといわれた後も記憶がある。死んだはずの自分と存在しないはずの少女。……隠された秘密、隠された存在。だが、それは血に狂った自分を救った愛しいもの。最後はそのものの胸の中、幸せに溢れて逝った、と思う。だけど、その愛しいものを残していく無念が今の世にまで記憶が残った理由、かもしれない。
もう一度出逢えるものなら。そして、この戦乱のない時代なら、今度こそ幸せに生きれるかもしれない。
……なんて現実味のない希望を胸の奥で思ったこともあった。

成長につれて、過去の仲間たちに再びめぐり合い、そして記憶のとおり存在しないはずの少女との再びの出逢い。

だけど、出逢った彼女は。
自分の生徒で。前世と同じで一回り以上離れた少女で。
………なにも覚えていなかった。


最初はほんの少しの記憶。だけど、顔をあわせる度に溢れるように思い出す彼女との記憶。
彼女と交わした言葉、触れた時の熱、微笑みと涙。自分は全て覚えているのに。


彼女にはそれが残されていないなら……それでいいのかもしれない。きっと自分は彼女に苦しみしか残さなかったのだろう。ならば、こうして少しの間だけでも近くで見守れるのなら……幸せを祈れるのならそれで構わないと、そうやって心の奥にしまってしまったはずなのに。

繰り返し見る夢と、なんの記憶もないはずなのに自分を慕う彼女に、翻弄される毎日。

「……うまくいかない、もの、ですね。」


***

「……、……る、……づるっ。おい!千鶴っ。」
「ぅんう?………か、おる?あれ…また?」
「ああ、大丈夫か。すごい汗だぞ、シャワー浴びるか?」
「あ、……うん。もう寝れなそう。」
私のベッドの端に座った薫が心配げに顔を歪ませている。そんな薫にこれ以上の心配をかけまいと、苦笑いを浮かべた。もう、夜は明けたみたいでうっすらと明るくなった空の色がカーテンを通して部屋をぼんやりと照らしている。一日で一番涼しいはずの時刻。寝苦しいほど暑い季節はとうに終わったはずなのに、パジャマがしっとりとするほどの寝汗と、……涙。確かにシャワーでも浴びないと風邪を引いてしまいそう。まだ少しぼんやりとした私に、薫はぼろぼろと零れて枕を濡らす涙には一切触れず、額に浮いた汗をそっと拭ってくれる。そんな薫の気遣いが優しくて、また涙が溢れた。そんな私に薫はそっとタオルを押し付けると、私の部屋を後にする。ああ、また心配かけちゃったな。

どれくらい前からだろう。ひょっとしたら物心付く前からかもしれない。昔から見ている夢。起きると全く覚えていないけれど、同じ夢を見ていると何故か確信できる。悲しくて、悲しくて、そして切なく苦しいほどの愛しさを残して消えていく夢。
こうして薫が起こしてくれる時もあるけれど、普段は起きた時に涙に濡れた枕と心に残る夢の残滓だけが夢を見たということを教えてくれる。いくら考えても思い出せない夢。ただ、胸に残る愛しさと………なにか、大切なものを亡くしてしまったというような苦しい焦燥感。
親友のお千ちゃんにだけこの話をしたことがある。この不思議な夢のことを聞いて笑い飛ばす事も無く、お千ちゃんは優しい笑顔でこういった。
「きっと千鶴ちゃんには運命の人がいて、きっとその人を探しているのよ。その人に出逢えたら、きっと見なくなるわ。……大丈夫、きっと逢えるよ。」
何故だかその言葉がすごくすうっと胸に染み込んで、焦燥感に襲われることは無くなった。

いつか、きっと。
私のこの気持ちを満たしてくれる人が現れる。

夢を見た後、そう自分に言い聞かせるように心の中で呟く。そうすると少しだけ気持ちが楽になる。

そのときに最近思い浮かぶようになったある人。
その人が、そうだったら……嬉しいな、と千鶴は考えてから赤面する。
私みたいな子供があの人にふさわしい訳が無い。それに、ただ気になるっていうだけなのに。……好きって訳じゃ……ないと思うんだけど。最近自信が無くなってきた。

もっとお話ししてみたい。もっと先生の事が知りたい。先生の傍に居たい。
ご迷惑にしかならないこの気持ちを今はまだすこし持て余している。

「山南、先生……。」



end.

敬介さんは覚えています。千鶴は覚えていません。きっと思い出す事はありません。それでいいんじゃないかな、と思います。……誰よりも早く羅刹になった敬介さんと千鶴が過ごせた時間はとてもとても短かったはず。その後の苦労を千鶴は敬介さんに教えたくなくて、きっと記憶を持たずに生まれたのだと思います。
それでも、二人は出逢って、惹かれあうってのがうまく書きたい、ずっとそう思っています。
難しいなぁ。

拍手で書いてるさんちづの設定で別バージョン、と思っていただけると助かります。
七夕2作とこれ。あと、無配で書いた「さみしいきもち、いとしいきもち」(拍手ログ12)もこちら寄りの話になります。
ハロウィンは拍手の方よりかな?とおもって書いていました。

続くのかは………どうなんでしょう?

2012/11/30


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