涙雨

七夕の日の夕方。いつも通り、山南先生のいる保健室へ向かう。
せっかくの七夕は、朝からの雨で止みそうもない。

物心付いた時には既に心に棲みついていた焦燥感。誰かわからない人を捜し求める焦りと憤り。募っていくのは誰かわからないその人を想う心だけ。だから、七夕の物語を知った時に思ったのは唯一つ。
「年に一度でも逢えるなら、良いじゃない。」
私には、どんなに焦がれても逢えない人がいるのに。それが誰かすらわからないのに。
あの二人は、想う人が誰で何処にいるかちゃんとわかっている。そして、ちゃんと逢える日がある。
……ただ、羨ましかった。
この自分でも良くわからない感情を、今まで誰にも話した事はなかった。
飾られた七夕飾りを、綺麗ね、と皆に合わせて微笑んで。きっと叶わないとわかっている願いをその短冊に書いたことはなかった。

(……逢いたい。)
誰に?……それは、まだわからない。

それが山南先生だったらいいな、なんて。
……都合のいい事あるはずがない。



それでも、やっぱり七夕に雨が降ると、すこし憂鬱。
山南先生にお茶をお入れして、簡単なお手伝いをさせていただく。山崎先輩も出入りされているから、本当の保健委員ではない私がお手伝いできることなんて大したことではなくて、どんなに丁寧にしてもすぐに終わってしまう。お手伝いを終えて、窓辺に椅子を動かして外を眺めていた時、溜息と一緒に漏れた独り言に、山南先生が反応して、すこしお話をした。
その時に、うっかり私の七夕感を話してしまった。
「逢えないより、良いじゃないって、思うんです。」
私がそういった瞬間、山南先生の顔が一瞬すごく苦しげに歪んだ、気がした。その表情に、あっ、しまったと焦ってしまう。別に先生を困らせたくて言った訳じゃない。ただ、先生には、何でも話せてしまうから零れただけだった。
(ごめんなさい。そんな顔しないで。)
それ以上、そんな先生を見たくなくて、話を逸らすように先生は?と聞いた。
「もし、もう一度機会が与えられるのなら、引き離されない様に生きたいと思いますよ。」
切なげな表情とともにいつも先生が隠している心がすこし見えた気がした。山南先生の心の中には、『もう一度』と願うような方がいらっしゃる、ということ。先生は私を見ているけれど、本当は私ではない誰かを見ているんだと覚って、胸がぎゅっと苦しくなる。……そんな切ない顔で、私を、私の向こうの誰かを見ないで。やっとずっと見てみたかった先生じゃない山南先生の顔を見れたのに、やっぱり私には遠い人だったと思い知る。
泣き叫びたい衝動をぐっと胸に押し込めて、微笑んだ。素敵ですねって、恋に憧れる少女のふりをして先生に笑顔を向けた。うまく隠せたかな。


そうか、私、山南先生が好きなんだ。
ずっとわからなかった。どうして山南先生がこんなにも気になるのか。
山南先生の冷たい笑顔の向こうが見たいと思った時から、きっと惹かれていた。



学校にいる間だけでいい。こうして、傍に居たいの。



先生の顔をずっと見ていたら泣いてしまいそうで、窓の外を向いた私に、先生の優しい言葉が降ってくる。
そのすこし未来の約束に、振り返って笑顔で大きく頷いた。
それがただ、一人の女生徒を慰めるだけに使われた言葉だとしても、来年も一緒にいられるんだと思うとそれだけで嬉しい。



嬉しいはずなのに。



一人帰る傘の中、ぽろりと涙が零れた。



end.

2012七夕のさんちづの裏側。

2012/11/30


inserted by FC2 system