ただ、あなたの幸せを

「あめ、ですね。」
「?雨がどうかしましたか。雪村君。」
いつも通り、保健室にそっと現れた少女は、窓の外を眺めて、そっと溜息をついています。
今は梅雨時、雨はさほど珍しい天候ではないと思うのですが。確かによく降っていますが、溜息をつくほどの事でしょうか。今の世の中、多少雨が続いたからといって洗濯物が……といった心配も、電化製品が発達していますからないと思うのですけれど。それとも雨だと買い物が大変なのでしょうか。
雪村君の思いつきそうな理由を考えてみましたけれど。どれもその表情には合わない様に感じます。

「今日は何の日かご存知ですか?」
「今日ですか……、ああ、七夕ですね。そうでしたか。それで……。」
やっと雪村君の溜息の原因が分かりました。七夕で雨となれば、織姫と彦星が逢う事が出来ないそうですから。雪村君らしい優しい理由に思わず笑みがこぼれます。
「もう、子供ではないので、今ここで雨が降っていたからって、雲の上は晴れているんですから問題ないってわかってはいるんですけれど、やっぱりどうせなら晴れて欲しいなって思っていたので。」
「一年に一度の逢瀬。ですか。」
「はい。」
雪村君以外は男子ばかりのこの学校では、七夕など思いもつかないものばかり。お祭り好きの生徒たちも流石に今日はなんのイベントも企画していない様です。ここ数年、笹飾りなど近くで目にした事がありません。

「やっぱり女性は、そういったものに憧れるものなのですね。」
「そう、です……ね。」
実際に一年に一度しか逢えない事になったら大変なのだろうが、女性というものはロマンチックなものに憧れる様ですから、きっと雪村君もそうなのだろうと問いかけてみると、ぎこちない笑みが返ってきます。
「憧れ、というか、羨ましいって思っていました。」
「羨ましい、ですか?」
返ってきた意外な言葉に、驚きを隠せません。ロマンチックな話へのあこがれではなく、「羨ましい」という言葉が返ってくるとは正直思いもしませんでした。

「自分でもよくわからないんです。だけど………一年に一度でも逢えるのなら、良いじゃないって。」
「え?」
「逢えないより、良いじゃないって、思うんです。」
「……ち……雪村君。」
そういって苦笑いした雪村君の顔に、私の胸がずきりと痛みます。その次の瞬間、無意識に雪村君に伸ばしかけた腕をぎゅっと押しとどめました。何も考えず、抱き締めて、その苦しげな表情を溶かすことが出来るのなら……それが許されるなら。どんなに嬉しい事でしょうか。けれど彼女は生徒です。…私の大切な、生徒。
抱き締めるなんて、もってのほかです。本当ならこうして二人過ごすことだって……許されない事。
「私の大切な人たちは、ちゃんと私の前に居るはずなのに。七夕の事を知った時、そう思ってしまったんです。不思議ですよね。」
そういって雪村君は、私を見上げて綺麗に微笑みました。
「山南先生は、どう思われますか?」
「そう、ですね。もし、もう一度機会が与えられるのなら、引き離されない様に生きたいと思いますよ。」
「天帝に怒られないようにですか?」
「ええ、怒られて引き離されてしまわない様に。」
そう、私がいうと、雪村君はすこしきょとんとしていましたが、ふふっと笑うと「いいですね、それ。」といってもう一度雨の降る外に目を向けました。

「……晴れるとよいですね。」
「はい。」
「来年は、笹飾りを用意しましょうか。」
「はい!!」
うっかり漏れた未来の約束に、雪村君はそれはそれは嬉しそうに微笑んで。

ああ、離れられない。そう、思ってしまいました。



end.

七夕です。
何が書きたかったんだろう……。
まとまらなかった感じ。

あまり七夕に晴れたという記憶が無いので、どうも七夕というのは藍羅の中では暗いイメージ。

これで、山南さんが思いっ切ってくれるとこのあとの展開は見えてくる気がするんですけど。
どうなんだろう。
2012/07/07


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