WEB CLAP LOG 09

今日も保健室の放課後は静かに流れていきます。
でも、今日は雪村君の来る日です。静かなだけでない穏やかな時間が流れています。
大体決まった曜日にくる雪村君に気付いて聞いたところ、スーパーのタイムセールのある日に来る事が出来ないのだと、恥ずかしそうに俯いて教えてくださいました。……そうでした。彼女は父親と二人暮し、家事は彼女が全て行なっているのだと、担任をしている土方君がそういっているのを聞いたことがありました。
朝、朝食やお弁当を作るだけでなく、しっかりチラシ等をチェックしているのでしょう。近頃珍しいしっかりしたお嬢さんだと、感心して「いいお嫁さんになれますね。」といった所、頬どころか顔中真っ赤に染めた彼女が恥ずかしそうに見せた笑顔に妙な気持になってしまったことは内緒です。一回り以上離れた生徒相手に何を考えているのでしょうね。
「山南先生、今日は何かお手伝いできることはありますか?」
「いえ、ないですよ。もうすぐ試験も近いですし、こちらの事は気にせずに過ごしてください。」
「はい、ありがとうございます。でも気にせず言いつけてくださいね、山南先生。」
遠くに部活動の喧騒が聞こえてくる時間になってそっと入ってきた雪村君は、いつものように簡易キッチンに向かいます。入れ終えたお茶を私の机に置くとふわりと微笑んで、こちらを気遣ってくれることがなんだかこそばゆくてなんともいえない気持ちにさせられます。
普段は、読書をしたり手芸をしていたりするようですが、もうすぐ試験が近いこともあってここのところは勉強をしていることが多いようです。勉強なら早く家に帰したほうがいいと思うのですが。……駄目ですね。嬉しそうな雪村君の笑顔を見ると何もいえなくなってしまいます。
雪村君の気配を背中に感じながら仕事をしていると、不意にカタリと小さな音が聞こえました。振り向くと、雪村君が机に伏せてしまっています。少し慌てて近づくと、ただ眠っているだけのようで、小さく穏やかな寝息が聞こえます。先ほどの音は握っていたシャープペンシルの転がる音だったようです。
「……ふう、びっくりしましたね。」
今日は日差しが暖かいですから、眠くなってしまったようですね。仕方ないこととはいえ女性には不便の多い学園生活です。それでも彼女にとって安らげる場所がある、ということはいいことです。それがこの保健室、だということが、……なんと言えばよいのか、嬉しい、というのでしょうか。無防備な彼女の寝顔を見つめていると優越感、のようなものも感じているあたり教師失格ですね。
無意識に伸びた掌が彼女の髪を撫でると、彼女の笑みが増したような気がして思わず見入ってしまっていたときです。
ガラリ、と扉が開く音が聞こえました。
「悪い、山南さん。保健体育の教材の件で………?」
勢い良く入ってきた原田君に、口に指を当てて静かにしてくれるように促すと、原田君はそおっと保健室に入ってきました。感のいい原田君は保健室を見渡してすぐに事情を察したようで、意味ありげな様子で私のほうを伺ってきます。雪村君の髪を撫でているところを見られてしまったみたいです。面倒なことになりましたね。
「へぇ、千鶴が来てたんですね。………ここで勉強させてるんすか?」
「………原田君。何か用事があってきたのではないのですか。」
「ええ、まあ。でも、まず千鶴をベッドに寝かせてやったほうが良くないですか。……手伝いますよ?」
「いえ、先ほど寝付いたばかりのようですから、もう少ししてからにしますよ?」
原田君がにんまりと意地の悪そうな笑顔を浮かべて聞いてきます。その言葉が妙に腹立たしく思えて、原田君を見る視線にすこし殺気を混ぜてしまいそうになりました。慌てていつも通りを装ってみましたが、駄目だったようですね。原田君が目を見張ってこちらを見ています。
「なんですか?」
「いや、山南さんでもそんなふうな顔するんですね。千鶴、此処に良く来るんすか?」
「……ええ。」
「そうですか。……ああ、そういうことか。ここ数ヶ月っすね?」
「……ええ。」
なにかに一人納得している原田君に訝しげな視線を送ると、原田君はふっと微笑んで教えてくれました。
「いや、どうしても千鶴は女子一人だし、肩の力が抜けることがなくていつも気を張ってる感じだったんですけどね。ここんところは随分無駄な力が抜けてやわらかい表情を見せるようになってきたなって土方さんと話してたんですよ。」
「……そう、ですか。」
原田君は雪村君の副担任で、体育の担当教官でもあります。性差のはっきりする教科ですから、外見に似合わず気配りの利く彼を担当にしたことはやはり良かったようですね。
「居眠りしちまうくらい、山南さんの傍が心地いいってことっすよ。そういうものがあるからそれ以外の場所でも余裕を持って過ごせるってことじゃぁないですかね?」
こうして私と保健室で過ごす時間が、彼女の学校生活にも影響が出ているとは……。悪影響ではないようで、ほっと胸を撫で下ろしていると、再び原田君はにんまりとこちらに意味ありげな視線を送ってきます。
「でも、めずらしいっすね。山南さんが此処まで誰かに気を許すって。………山南さんにとって千鶴はどんな存在ですか?」
「……っ。大事な生徒の一人、ですよ?決まっているじゃないですか。」
何故かどきりとした心を押し隠すように答えた私に、原田君は意地悪げな笑みを一層深めるとこちらに背を向けて保健室を出て行こうとします。
「原田君、何か用事があったのではありませんか?」
「ああ、出直しますよ。別に急がないんで。……千鶴の為にもこの事は黙っときますよ。」
もう一度振り返った原田君の表情は、先程の意地悪げな表情ではなく普段の原田君でした。そっと閉まる扉の音と共に原田君の気配が遠ざかります。……なにか弱みを握られた様な気がするのは気のせいでしょうか。

いくら敏い原田君相手とはいえ、こうも手の内をさらしてしまうなんて……
本当に、私らしくありませんね。



end.

20110610
さんちづシリーズ(笑)第3弾です。
ちなみに左之さんは別に弱みを握ったなんて思ってなくて、ただ普段弄れない山南さんを弄ってみただけ。あと自覚のない山南さんにちょっと仕掛けてみたって感じ?
左之さんの山南さんに対する言葉遣いがちょっと微妙な感じになっちゃいました……。


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